試論Records

epokhe.exblog.jp ブログトップ

屋根裏の散歩者

a0022584_2236854.jpg
≪彼の不幸は、世の中のすべての事柄に興味を感じないで、
事もあろうに「犯罪」にだけ、いい知れぬ魅力を覚えたことでした。≫

というのは、江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』(1925)中に出てくる
フレーズである。

これについて、高橋敏夫センセの視角の一部を以下に。

*******************************

東京を中心とする大都市は、生活にさほど不自由しないが現状にも満足できない
学生やサラリーマンを大量に生みだしていた。
江戸川乱歩の代表作のひとつ『屋根裏の散歩者』の主人公、
25歳の青年郷田三郎もまた退屈をかこう人物にほかならない。
物語は冒頭から、郷田三郎の世の中にたいする幻滅、失望、退屈さ、を
くりかえし、くりかえし、執拗なまでにえがいている。
「どんな遊びにも、どんな職業にも、何をやってみても、いっこうこの世が面白くないのでした」。
郷田三郎は学校を出ているがエリートというわけではない。
学校を出た者がそのままエリートである時代はとうにすぎた。
いわゆる大衆社会の成立である。
わたしたちの社会の原型がここにあるとすれば、郷田三郎は、あきらかに、
現代の青年の原型のひとつといってよい。
永くて1年、短いのはひと月ぐらい、職業から職業へと転々とする郷田三郎と、
現代のフリーターとがかさなって見える。

********************************

「現代小説」には「人間の解体」が積極的に取り上げられるけど、
こういった「近代小説」には「人間の生成」が定着されている。
だから、80年も前の作品にだって、現代の人間像が生成されている。
現代小説から「人間」が消えた、と指摘されて久しいが、
近代小説にはそれが無数に立ち上がり、その宝庫だと言える。
[PR]
by epokhe | 2004-09-20 22:36
line

MAIL: epokhe@excite.co.jp


by epokhe
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite