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直系家族と核家族の間で揺れ動く日本人

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天皇制を前提とした儒教←を読んで・・・。

明治以降の日本は、家族を基盤にして、名門でもないのに家の恥とか親の顔に泥を塗るとか言って、家を単位にして教育をしてきた。
最も分かりやすい親を持ち出して親孝行から天皇への忠誠を説く。
国家の統制にもうまくいき、泥棒をしないことから左翼の転向まで、規範に従わせるのに非常に楽なやり方だったと思う。
家族の名を借りて、国家が必要とする国民道徳を押しつけて規制してきたことが崩れてきたことと、人口論的にも昔の家族にフィットしなくなっていることとを考えれば、「家族」が崩れていくことも、当然の変化かもしれない。

ヨーロッパの場合は、社会に核家族的なものが伝統的にあった。
19世紀の産業化以来、核家族の中でさらに夫婦の親愛感が強まり、子供を大事に育てるという形になった。
西欧やアメリカでは1960年代になって、そういった「子供中心社会」とか「近代家族」といったものが、さらに変質した。
それまでは子供のための家族だったものが、カップルのための家族、連れ合いと共に自己実現(←この言葉は好きじゃないけど…)するための家族というように変わってきた。
また、「結婚・性・生殖」の三位一体性のモラルが、60年代から溶解して、分離が始まった。
未婚者の性行動の活発化とか有子同棲とか、結婚しても子供を産まないとか、現象的にはそういったことだが、それはつまり制度としての結婚から、個人の自己実現(←ほんと嫌いな言葉なんだけど…)のために何がいいか、それぞれが選択し始めた結果ということだ。
自分が中心で判断する家族観に変わっていったということである。

ところが、日本の場合はそう単純には動いていかない。
日本にはもともと直系家族制度をよしとする文化風土があって、そこに明治民法が武家的なものをくっつけた。
戦後の新民法はアメリカ型の核家族をモデルとして作られたが、実際は直系家族時代の姿を引きずっている。
ヨーロッパでは伝統的にあった核家族が、日本では現在進行中であるということが、家族の姿を複雑にしている一つの要素だと思う。

そして、そういった変化は全国一律に同じ速度で起きているわけではない。
地域性、家族の就労業態による差がとても激しい。
日本は、確かに貧富の差や情報格差は、他の国に比べれば少ないかもしれないが、意識の中身は極端なことを言えば、100年前の意識と、欧米並みの意識を持った人が、同じような服を着て、同じような家に住んで混在しているということだ。

ということで、政策的にも非常にやりにくい国なのだ。
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by epokhe | 2004-10-22 18:12
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