試論Records

epokhe.exblog.jp ブログトップ

超えてゆける人

a0022584_1405666.jpg
以前の記事:現象以外のことを考えざるを得ない、考えてしまう衝動に関して、佐藤某氏の見解を得たので、それを以下に。

我々は普段、客観的事実によって動いている(動かされている)のではない。
客観的な事実からは「愛」なんて生まれてこない。

以前の某件に関して、政治家は「人道的な配慮」を根拠にして政治行動を行ったが、「人道」なんてどこにあるのか?
彼らは「人道って、ほら、ありますよね、皆さん。」としか言えないまま、
それを根拠にしている。

憲法の条文に書いてあるから「自由」や「人権」があるわけではない。
証明できない。
過去の歴史を見ても、自由・人権を享受して生きた人の方が断然少ない、
というのが客観的事実である。
自由・人権を享受して生きられたのはごく一部の権力者であった。
圧倒的多数が、自由も人権も享受できずに苦しみに喘いで死んでいる。

人権も自由も愛も、自然的(physical)にはまともに論じられない。
意味を求めて行動するという知的な営みは、
metaphysical(形而上学的)である。
形而上学的な見方がない人というのは、人として潤いがなく、
人間として欠陥のある人だ。
そういう人は、事実のレベルでしか生きられない。
客観的事実の中にそれを超えた意味を見い出せる人が良い。
このことは、逆に、現実を素直に見ることである。

近頃、よく報道される「犯罪」は、形而下的(physical)な人が増えている、
ということを如実に表している。
[PR]
by epokhe | 2004-10-26 14:07
line

MAIL: epokhe@excite.co.jp


by epokhe
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite