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Scienceも批評主義の時代

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朝日新聞の科学医療部長である尾関章さんとお会いしてきた。

その中で、科学に批評がないのはおかしい、という話になった。
映画評論や劇評があるように、科学にも批評があって良いのではないか、ということだ。

科学批評家がいない理由として、まず、「素人には分からない」という点がある。
専門性が高い、ということが理由となるが、果たして本当にそうか。
映画評論をしている人間は、決して専門家ではないけれど、勝手に批評したり感想を述べたりしている。
大体は、映画をつくったこともないフツーの素人オジサン・オバサンが批評している。
同様に、演出家経験がなくても劇評はできる。
しかし、例えばノーベル賞をとった研究内容について、批評する人間はほぼ皆無。

次の理由として、客観性が挙げられる。
だが、研究者の評価だけが関心事ではないはずだ。
数学のある分野になると、批評し合って最高峰を決める数学者が5人しかいないこともある。
たった5人の中で世界の最高峰を決定するという事実は、驚きである。

また、科学は非娯楽という理由があるかもしれないが、発見のドラマが面白い時代になっている。
科学というのは表現法の問題で、コアの部分では文学的モチーフなのだ。

尾関さんは、科学心は文学につながると言っていた。
でも、私が思うに、サイエンスとアートを比べたら、サイエンスよりアートの方が格が上である。
なぜなら、サイエンスは伝授可能だが、アートは伝授不可能であるから。
だから、サイエンスがアートにつながるというより、サイエンスがアートを追いかけるのである。
よって、科学のコアがアート的というのは至極当然な気がする。


尾関さんは、ご多忙の中、進んでメールアドレスを教えてくれるなど、感じの良いお方であった。
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by epokhe | 2004-12-05 15:48
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