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本当は公開したくない貴重な話

映画監督(俳優でもあり、画家でもある)奥田瑛二さんとナマでお会いし、お話を聞くことができた。
登場するなり、彼から溢れるオーラが文字通り人並みでない。
外身も中身もこの上なく「いい男」であった(彼に会って恋をしない人はいるのかねー)。
松田優作と同い年の奥田監督は、ダンディーな二枚目で驚くほど脚が長かった。
ということで、以下に奥田さんの話の内容を少しだけ明かしてみる。

◇今、「映画監督をやっていれば人生、一番楽しい」と感じている。
◇映画のテーマは、「真実の愛」を見つけること。自分の一番得意なものは愛であり、一貫したテーマで何百本も撮れる。
◇海外の映画祭に参加する事も多々ある奥田監督。そんな中、「手前味噌なんですが、俳優やっていて良かったな、と思うのは、外人に見劣りしないこと。これ、重要なポイントなんですよ。」と言っていた。実際、見劣りしないどころか優っているし、彼が言っても嫌味が全くない。
◇フィルムは1000年くらい平気で残る(DVDはせいぜい30~40年)。生んだ映画も子供と一緒で生き続けるし歩き続ける。映画はワールドワイドにつながっていくので、つくって終わりではない。生んだ子は面倒を見る。エネルギッシュに世界各国をまわっていく、というシンプルなやり方だが、シンプルにまわっていかないと権力には勝てない。映画監督になってから、俳優時代は鼻であしらっていたプロデューサーにも、90度のおじぎをするようになった。おじぎの回数は既に、普通のサラリーマンが一生のうちに下げるおじぎの2倍した。
◇映画は大きな数学、「大数学」である。数学の中にある文学、あるいは、数学の中にある文学の情緒性が映画。
◇優しい摩擦や乱暴な摩擦(例えば、愛することや喧嘩すること)が人生には欠かせない。自分の中や家の中に閉じこもるのは絶対に良くない。本やインターネットを開けば色んな女の子があらわな格好で溢れていて、それによってヴァーチャル・セックスに及ぶ現代の青年達。青年だけでなく小学生にまで広がっている現状は「悪魔のしわざ」だと思う。そんなところに愛はない。
◇人生には摩擦が必要。どんな痛い摩擦も気持ちいい摩擦も、全責任を負う覚悟で立ち向かっていかなくてはいけない。
◇二枚目の宿命として、若い時はヤリたい放題だった。そんな時期を経て、これではいけないと思い、段々とハードルを高くしていった。つまり、そのハードルを越えられる女の人としか恋愛しない。高くしていくうちに、「この人となら結婚してもいい」と思える人に出会う。そして、結婚したら、ハードルは棒でも使わなきゃ飛び越えられないくらい高く設定している。
◇恋愛と結婚は違うという話があるが、確かにその通りだ。自分も「理想の相手」というのが今でもあるが、それは妻ではない。理想は永久に掴み取ることはできない。掴んだら現実になる。
◇「不倫は文化だ」と言ったバカがいるが、不倫が文化のわけがない。不倫は人を傷付けている。文化は優しさや努力の積み重ねから生まれるのであって、人を傷付けることが文化になるはずがない。歪んだ異型が文化になるはずがない。

奥田さんは、凡人では考えられないほど数多くの恋愛を経験していて、その経験に裏打ちされた結論と姿勢は、さすがに二枚目だった。
過去に、多くの色んな人達を泣かせてきたからこそ辿り着く地点なんでしょうね。
二枚目の宿命。。。
いずれにしても、真実の愛って大事。
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by epokhe | 2005-04-23 21:30
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