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西洋と非西洋

アメリカやイギリスやドイツやフランスはそれぞれに個性を持っているにしても、「西洋」としての共通特性(たとえば白人の国である、キリスト教の国である等々)を持っており、そして近代産業社会はもともと西洋のものなのだから、理念型としての近代産業社会からの変異は小さいと言って良いだろう。
これに対して私達は日本人であり、そして日本は東アジアに位置しているのだから、近代産業社会からの変異が大きいのは当然である。
私が西洋と非西洋の違いという問題にこだわるのは、私達日本人は明治以来今日まで、一方では西洋文明を近代化と産業化にとっての模範と見なして、西洋人と自分をアイデンティファイしようとしてきたが、一方では、自分が西洋人でないことを意識し、西洋人に対して国粋主義的な反発を示すという、大変屈折した両面性を持ち続けてきた事実を考えるからである。
どうして日本人は非西洋人でありながら、自分を西洋人とアイデンティファイしてきたのかと言えば、それは近代化と産業化が日本人の国民的目標であり、そしてその近代化と産業化は西洋人によって創始されたものであったからである。
非西洋はもちろん西洋と違うのだが、しかし近代化と産業化を目指す限り、日本は西洋と違うと割り切ってしまう事ができないのである。
なぜならば、日本は西洋と違うといって割り切る事は、近代化と産業化が日本人の国民的目標であるということとの間に、認知的不協和を引き起こすことになるからである。


続けて書いていくと長くなるのでひとまずここまでにしておくが、久々に投稿した記事で何故こんなことを書いたかといえば、日本で活躍している日本人は何だかんだで日本が好きだと感じる機会が、最近とみに多かったからだ。
日本が好きじゃなかったらとっくに外に出て行っているはずだし、日本が心地良いから日本に居座っているんだと思う。
日本においては、産業化は成し遂げられたかもしれないが、近代化はまだまだ進行途上の状態である。
日本はつくづく複雑な国だと感じる。


Cf.直系家族と核家族の間で揺れ動く日本人
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by epokhe | 2005-06-04 23:46
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