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物の価値とその価値を保存する手段について

貯蓄をする時、或いは貯蓄した物の「価値」を貯蔵しようとする時には、意識するかどうかは別にして、必ずリスクと直面することになるのであり、貯蓄目的に応じてリスクを認識する必要がある。
リスクとその大きさの認識は、貯蓄の目的と期間にも依存する。

加えて、現代の日本のように巨額の個人金融資産が蓄積された社会の中では、価値保存手段(資産)の間の相対価値が大きく変動し、それが、金額が大きい貯蓄目的の対象物の価格を変えていく。
例えば株で儲けた人から見ると、現在の教育費や老後のサービスは安くなり、より質の良いサービスを求めることになる。
その結果良い質を持ったこれらの物やサービスの価格は上昇することになる。
したがって、日々変動している株や金利の変化は、大きな貯蓄目的となる物の価値を変えていくのである。
この傾向は、金融資産の蓄積が大きくなるほど大きくなり、そのため自分の資産が増えなくても、他の人の資産が増えると質の良い教育やマイホームの価値は変わるのである。

物の価値を経済価値で見る限り、全ての価値は交換価値としての相対価値でしか見ることができない。
通貨単位は、その国の中で共通に物の価値を計る尺度として機能するが、それは単に相対価値の関係を計る手段に過ぎず、相対価値の変動がある限り、通貨の価値も変動する。

金融資産に価値貯蔵機能を求める場合、相対価格で見ることが重要である。
定期預金が「安全」な金融商品或いは金融手段として考えられているのは、元本保証の固定金利商品であるからに過ぎず、価値保存手段として安全ではないのである。
その意味では現金も含めて全ての資産にリスクがあり、そのリスクを認識する必要がある。

それぞれが、リスクをとって生きている。
「リスクをとること」自体をビジネスとしているのが金融機関である。
リスクテイキングを否定してしまったら、何も残らなくなってしまうのではないだろうか。
たとえ、投資や資産運用という言葉には縁の無い人々であっても、何らかの金融機関に「預金」をしているはずであり、預金をしている時点で既に「金貸し」なのである。
(「預金者」=「金貸し」)
大きなリターンを得るためには、それ以前に必ず何らかのリスクを伴う。
ろくにリスクをとらずにやっている人間が、ある人が膨大なリターンを得ていることに対して単に叩くのは、全く以って理解の足りないことであり、恥ずかしい事態である。
出る杭を打つ前に、システムを1から勉強し直してみてはいかがだろうか。
自分で自分の首を絞めるようなことを、一体どれだけ繰り返せば目が覚めるのだろうか。
本当に自虐的な国だと思う。

日本の自粛傾向についてはこちらの後半を。
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by epokhe | 2006-01-17 17:26
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