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からだのちから/オーラのつよさ

寺門琢己氏と田口ランディ氏の対話本で、『こころのひみつ』という著書がある。
何年か前に買ったのだが、スルッと腹に落としてくれる読みやすい本だ。
その中から、印象深かった部分を以下に引用。

注)寺:寺門氏、田:田口氏

***(引用開始)*****************************

寺:肉体現象と精神現象の構造は変わらないですよね。

田:とても相似形。そう思います。

寺:でも心に起こっていることって特別なものだと考えがちで、そこに秘密があるんですよ。多くのインチキを生み出せるブラックボックスがそこにある。「心だから」って言っちゃうと検証できないから。

田:心だからって言ったって痛いのはからだですからね。失恋して痛いのは胸だし。別に心なんてどこにもないから。

寺:おっぱい見ちゃってドキドキしちゃうのも心臓だし、甲状腺なんか腫れちゃって声がうわずったりもするし(笑)。

田:憂鬱になると痛いのは背中だったり頭だったりするし。要するに、心は痛まない!痛むのはからだなんですよ。

寺:そう。からだがちゃんと代わってくれてるのに何を言うか、って感じですよ。

田:心なんて全然痛がってくれないじゃないか(笑)。ねえ。

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田:とりあえず何か覚悟がくくれている人って、かっこいいと思えますよね。なんともいえない雰囲気を漂わせてて。あれはやっぱり生殖欲求をそそられますよね。

寺:そうですね。

田:強い相手と結びついて、強い子孫を残したいわけだから、生命力というかオーラの強さが出てる人にひかれるっていうのは当然のことのような気がしますよね。覚悟ってそういうものじゃないですか。ある力で自分を律するっていうか。律するっていうのも変だけど、すっくと立ち上がらせる力みたいなものでしょう。

寺:それって、からだにつながっていて、瞬間瞬間の決心と判断でしょう。だからそこで、腰も関係してきたりするんですよ。

田:腰が入ってないとできませんからね。


***(引用終了)*****************************

お二人の対談は本当に面白い。
「こころ」は結局「からだ」なのだと私は思っている。
精神的に病んでいる人は、身体的にもどこかしら不調を訴えるし、こころが病んだ状態にある人は、からだが起こす行動も病んだ行動となる。
精神が安定していて気分が良い時は、顔色も肌の調子も絶好調だ。
精神的なプレッシャーによって、アトピーが発生する人もいる。
適応できないことにからだが危機感を訴え、アレルギーが発症する人も多い。
こころで好きだと想う相手は、そのからだも好きだ。
好きということに関連して、上記でランディさんのおっしゃる「オーラ」の話に移りたいのだが、先日ちょうど、友人Kとも「オーラ」について語ったところだった。
初対面でオーラを感じ合う者同士、言うならば運命のオーラを感じ合う者同士は、からだの相性もいい、と。
生殖欲求の根源は、まさにその生命のオーラにあると思う。
私はこれを、歳をとるにつれて確信している。
ごくごく自然に、DNAレベルで相手を判別しているのだ。
極論を言えば、この世の中で最も生殖欲求をそそられる人と一緒になるのが、生物的に最適状況だということ。
ランディさんと同じく、私も、覚悟がくくれている人はかっこいいと感じるし、自分自身も覚悟がくくれている人でありたい。
そのためにも、丈夫な腰で、腰を入れていかなくては。
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by epokhe | 2006-03-18 19:38
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