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新しく/天才

体が揺れ動くほど自分のものにしたいという欲求があるとする。
だが、暫く持っていると新鮮味を喪失する。
もの・人を見る眼や感じ方が凝り固まっていないのは、日々新しく生きていることの
証拠である。

各々が年齢を重ねるにしたがって、段々と、自己の限界を執拗に保持するように
なるのを見ているのは寂しい。

天才はむしろ努力を発明するという。
凡才が容易と見るところに、何故、天才は難問を見るという事が、しばしば
起こるのであろうか。
詮ずる所、強い精神は、容易な事を嫌うからだ、という事になるそうだ。

大事なのは目指す到達地点ではない。
現に歩んでいるその歩み方である。
目的地より歩き方に眼を向ける。


2004年5月30日
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by epokhe | 2004-05-31 17:23

空間/箱

フラットな床の上にずっと居ると、頭が平板になってしまう。
近代の、画一的でフラットな建築物が引き起こす、空間の病だ。
最も特徴的なのが、学校の教室である。
あんな教室に閉じ込められていたら、「学級崩壊」が起こるのも無理はない。
子供は、空間や音に関する感性が物凄く強いのだ。
空間や音を感じる、身体のボキャブラリーを持っているのだ。
にもかかわらず、現在の小学校が教えていることは何か?
それは、一人一人を、自分の座席に着席させ、
「この世界の中には、自分の居場所がある」ということを叩き込むことだ。
全く、おぞまし過ぎて言葉も出ない。
こんなことだから、学校における究極のイジメは、「席(机と椅子)をなくす(隠す)こと」
になってしまう。
教室に自分の席がない子供は、もう学校に行きようがなくなる。
だって、「居場所」がないんだから。

空間の病を何とかする方法はただ一つ。
空間革命を勃発させることだ。
対象は、学校だけにとどまらない。
いわゆるインテリジェンスビルも、そして、「会社」という存在も・・・。

空間革命の契機として、まず、「箱」の中に入っていたら「ヤバイ」んだ、
ということに気付かなくてはなるまい。
「箱」に汚染せれていない身体に、戻さなくてはならない。
所属とか、会社とか、「箱」に入って喜んでる場合じゃない。

建築は、共通の棲み家だ。
硬い着物だ。
与えられたものに入っていること自体、おかしなことなのだ。

窮屈だったら、まず、自分で問いをつくってみるしかない。
答えのない領域に踏み出してみるしかない。


2004年5月29日
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by epokhe | 2004-05-29 15:38

ホラー(其の一)

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を観た。
生ける屍(しかばね)・・・。
ゾンビは何故、人を襲う必要があるのか。
ゾンビに襲われて殺されても、また自分が、ゾンビとして、つまり
生きる死者として動けるのであれば、私も一度ゾンビに殺されてみたいものだ。
それにしても、ホラーは怖くない。
怖いものは、怖くない。
怖く創ったものは、怖くない。
現実の方がよっぽど怖い。
人間の恐怖は、ホラーみたいに単純化されない。
そして、人間は、「死」を恐怖の対象にし過ぎだ。


2004年5月27日
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by epokhe | 2004-05-27 20:05

ユーモア

軽いジョークの裏側には、非常に手厳しい指摘が、しばしば隠蔽されている。
私は、冗談を言って人を笑わせるのが好きだ。
それと同時に、毒舌を吐いて人をからかうのも好きだ。
ユーモアと皮肉は紙一重である。
時々、自分が優しい人物なのかキツイ人物なのか分からなくなる。
どうでもいい人間に対しては、優しい言葉しかかけられない。
気の置ける人間に対してのみ、辛口に諭してあげる気にもなる。
相手の話を聴けば、その相手が私の言語を聴くことのできる奴か、
見当が付く。
とにかく、ユーモアを解するには、気遣いと豊かな教養が欠かせないのだ。
皮肉もまた、然り・・・。


2004年5月26日
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by epokhe | 2004-05-27 18:51

蛙(カエル)/ドーパミン

アメリカでは、「蛙(カエル)」を舐める人達がいる。
結構、流行ってるみたい。
おバカさん達が多いなー。
でも、これにはちゃんとした根拠がある。
蛙は皮膚から神経伝達物質を出していて、これは、麻薬と似た効果を
もたらすのだ。
つまり、蛙を舐めることで、幻覚を見ることが出来たり、痛みを和らげたり
できるのだ。
今度、蛙を捕まえることができたら、試してみたいと思う。
アスファルトのこの街では、なかなかお目にかからないが。
公園にでも行けば、いるだろう。

ドーパミンは面白い。
神経伝達物質の一つで、脳内快楽物質とも言われる。
脳内の特定の場所に集中していて、刺激されると快感を感じるそうだ。
化学反応(酵素作用)によって、ノルアドレナリンに変化する。
神経伝達物質の中には、麻薬と似た性質のものがあり、痛みを和らげる
効果があるらしい。
そう、蛙の皮膚から出てるのと同じような。
そんな麻薬みたいなのが、既に脳内にあるのだ。


2004年5月25日
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by epokhe | 2004-05-26 19:49

目標/アイデンティティ

揺らぎない濃いアイデンティティを一つ確立し、その他の世界に
特異なアイデンティティを複数持つこと。
これが私の目標。
一人の人間が歩む道は、複数あっていいのだ。
むしろ、複数あった方がいい。
自分を分散して生きていた方が、逆に自分の色が濃く、鮮やかになる。
それは、別に統合失調症的なものではない。
自分という存在に縋らない方が、人間、多少はまともな行動がとれると思う。


2004年5月24日
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by epokhe | 2004-05-26 00:44

好き嫌い/悟り/場所

たとえ、相手のことが理解できなくても、その相手を好きになれてしまう。
相手を理解してから好きか嫌いか決めよう、というのはご都合主義的発想で、
つまりそれは、好きでも嫌いでもない、ということだ。

私が興味深い人間であるのなら、私のその人柄を、自由自在にうまく操る
ことのできる人物がいても良さそうなものだ、と考えた。

垂れ流し人生や、糞詰まり人生を送っている奴が多い。
私は、代謝良く生きていく。
そして、インチキを見抜く。
そのためには、インチキな世界に身を置いていると厳しい。


2004年5月23日
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by epokhe | 2004-05-25 22:55

私というメディア

全ては、メディアとして、メディアを介してのみ生成する。
メディアは存在しているのではない。
常に動いている。
身体も空気もメディア。
意味を伝える中間にあるもの全てがメディア。
だが、その両側にあるものは、いつまで経っても分からない。
明らかにしようとしながら、一生懸命覆い隠している。
メディアは何かを伝えようとしても伝えきれない。


2004年5月22日
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by epokhe | 2004-05-25 22:32

構成

対象が自らを構成して自らを与えてくることを、自己構成という。
対象は向こうからやってきて、向こうからこちらに触発してくる。
我々は、身体を伴った意識として、世界の中に生きている世界内存在だ。
身体は魂を閉じ込めているのではない。
我々は、身体を通して世界と関わっている。
身体を抜きにしては、成り立ちようがない。
生活世界は、先所与性を持つ。
既に多様な意味を持った世界に生まれてくるのが、我々だ。
生活世界の中には、多くの意味が沈殿している。
そして、我々も、遅ればせながら、その意味形成に参加していくのだ。
この身体で・・・。


2004年5月21日
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by epokhe | 2004-05-25 22:09

雨/理性

台風2号が接近していて雨降り。


人間は、理性的動物だ。
動物は身体を持っており、それはつまり、死ななければならないことを意味する。
そして、個の欲望がある。
他の動物と人間が異なるのは、普遍的な理性と、世界開在性を持つことだ。
人間は自分の取り巻いている世界を変えていく。
人間にとって、世界は閉じていない。
では人間は皆、個の欲望と、普遍の理性とのバランスが保たれているのか。
皆、個の欲望ばっかな気がする。
何故だろう。


2004年5月20日
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by epokhe | 2004-05-25 21:55
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