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賭ける

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以下、O=荻野アンナ氏、W=鷲田清一氏。

O:我々の社会っていうのは、フィクションで固めて一歩一歩先に進むと何かあるぞって、だましてくれるわけですけど、基本的な人間としての訓練をしてくれない。つまり人間てみんな孤独で、孤独を引き受けなければならないわけですけど、いい学校、いい就職、いい結婚、次は子供のお受験とか、次々目的を作ってくれるから、その間は孤独と向き合わなくて済む。でも、そううまくはいかなくて、例えば、「思秋期」なりにドカーンと来て、ボランティアをしようが浮気をしようが、向き合っているのは、やっぱり孤独なんでしょうね。

W:そういう時、何て言うのかなあ、人生が複線で、遊んで、気が多いというか色んなことやってきた人の方がきっとしぶといでしょうねえ。何か一本でやってきたんでなしに。一本でやってくると、自分の実力だと思ったものが、そうじゃなかったと思い知らされるでしょ、定年を迎えた時に。

O:余人をもって代え難し、という嘘にだまされるわけですけれども、たいていは余人で代わっちゃうわけで。

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向き合うのは孤独。
複線人生はしぶとい。
遊びというのは、本気でやって、かつ、むなしいということが分かっていないといけない。
むなしいから遊ぶが、その遊びもむなしい。
そのむなしさを全部引き受ける覚悟がないと大人ではない。
賭けるものも大きい。
賭けで全部失う可能性もある。
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by epokhe | 2004-08-31 18:14

有閑マダム

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近頃、人との会話の中で、「有閑マダム」という言葉をよく耳にする。

【有閑=ひまがあること。特に、生活に余裕があり、ひまが多いこと。】

現実的には、「金も暇も」なんていう人はめったに存在しない。
たいていの場合は、「金か暇か」である。

しかし、貴重にも、「金も暇も」手にしている人こそが「有閑マダム」だ。
「有閑マダム」を非難したり小ばかにしたりする人が多いが、そういった人達も本当は
「金も暇も」自らのものとしている彼女達が羨ましくて妬ましくて仕方ないのだろう。

純粋に素直に考えてみれば、生活に余裕があって暇が多いことほど
豊かで心安らかな状況はない。
他者への無垢な信頼あってこそ獲得し得た「有閑マダム」という地位である。
彼女達をもう少し温かい目で見守りたい。
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by epokhe | 2004-08-30 21:04

「丸の内」の残影

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明日は、丸の内を牛耳る某社の方々と会う。
そのうちの一人であるSは、
「社会人は会社以外の場でも、そのうち会社の話しかできなくなるんだよ。プライベートにまで仕事の話を持ち出して嫌んなっちゃうよね。あー、ほらほら、またソコで仕事の話してる。」
と同僚を指差し、頭を抱えていた。
「あー、仕事の話しかできない奴は嫌だ嫌だ。」
と何度も言って苦笑し、顔を背けるSの姿を見て、
「そんなこと言っても、貴方だってさっきからソレしか言ってない気がするよ。」と思う。
同じことしか言えないという点で、Sもその他の社員も同等である。

他に、Sは
「サラリーマンは、何かこれがやりたい!って奴には向かないね。何か自分でやりたいことがある奴はサラリーマンなんかやんない方がいいけど、特にこれといってそういうのがない人にはいいと思う。やっぱ楽だし。」
とも言っていた。
丸の内を牛耳ってても、個人としてはそんなもんなのかー。

「丸の内を、日本一イケメンが集う街にしたいんです!丸の内を、日本一デキるカッコイイ男達が働く街にしたいんっすよ!丸の内に行けば、イケメンに会えるっていうふうに!」
と夢を熱く語っているのは新入社員のみであった。
新入社員には、丸の内を自分の手で日本一に創り上げてみせる、という夢を
恥ずかしげもなく表明する意欲というか鈍感さというかが、まだ残っていた。
かつての丸の内のイメージ或いは幻想の風景を、ずっと信じているのであろう。
「腐っても鯛」かもしれないが、丸の内からのシフトはもう目に見えているよ・・・。
今、俗に「優秀でデキる男」と称されているつもりでいる人々がお勤めされてる会社群は、
ほぼ某区の某所に集中しているではないですか。

さて明日は、丸の内の「エリート」が何をほざいて下さるのか楽しみである。
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by epokhe | 2004-08-29 00:33

個性/核家族/実存的対決/自立

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以下、河合隼雄『対話する人間』より

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父権の地位を奪われ、
家庭のなかでも父性を失った父親の役割とは、何か。
それは、母親のよきパートナーであれ、ということである。
一般的にいって、父親は社会の生存競争のなかでしのぎをけずり、
人生の意味や意義を十二分に考える暇もなく死んでゆく哀しい存在でしかない、と思う。
いうならば“使い捨て”である。

それに対し、女性は人生に余力をもっているから、人生のほんとうの意味を、
ある年齢に達してからも追求していかなければ生きられない。
それに父親の役割後退に伴い、母親としての役割は一層拡大してきた。

こんな女性のパートナーをつとめるということは、至難のわざである。
しかし、核家族への道を選択したということは、
このような厳しい状況をも、あえて選んだということである。
これは大家族社会と比べると、非常にしんどいことだが、ある意味で、
くるしい方の社会をあえて選択したという自覚がいるのだと思う。

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個人が自分の意志で自由に生きられる核家族。
大家族社会においては、お互いが、個性など出さず、
もたれあって生きていれば良かったが、今日は、自分の個性を磨き、
自我の主張を前面に押し出さなければ生きていかれない時代である。
マイナス面を無視して、安易にプラス面だけを見て突っ走ってしまうと、
「こんなはずじゃなかった」となる例の一つが、この問題である。

家庭内の混乱はインテリの家で多く起こっているという。
これは当事者には分からないかもしれないが、
大家族社会という“なれあい”社会から、個性発揮の核家族への変革のエネルギーが、
インテリの家庭ほど、無意識ではあるが、強力に働いているからだ。
たいがいの親は、頭ごなしに反対するか、子供のいうなりになることが、
理解があることと勘違いする。
この種の失敗した例は、ものすごく多いそうだ。
これは、父親が理解力のあるようなふりをして、
子供に自分の意見を言う、いわば実存的対決をすることを怠っているのである。
実は、このことは、実にしんどいことである。
しかし、実存的対決なしには、子供の成長はないし、親子関係も成立しないのである。

互いの自立性が損なわれるのを怯えがちな世の中だが、自立と依存の共存は大切だ。
適切に依存し、依存の自覚と感謝のある人こそ自立している。
ただやたらに他と離れるのは、孤立であって自立ではない。
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by epokhe | 2004-08-28 21:18

記憶と歴史と出自の抹殺

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「すべての仕事は売春である」

By ジャン=リュック・ゴダール

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上記の言葉の、私なりの解釈を以下に。

自分が生まれる前の記憶も、
自分が生まれてからの歴史も、
自分が生まれてくる出自も、
全て消毒或いは抹殺して、
自分は「自分だけのもの」であると考える、男あるいは女がいる。
そういった男あるいは女が従事する職業は、どんな内容のものであっても全て「売春」。

自分が生まれる前の記憶も、
自分が生まれてからの歴史も、
自分が生まれてくる出自も、
全て消毒或いは抹殺して、
自分は「自分だけのもの」であると考える、男あるいは女にとって、
彼らが如何なる職業を持とうとも、その職業は全て「売春」。

「売春」って何だろう。
魂を売ってしまうことだ。
自分の魂を売る男あるいは女は、まるで虫のよう。

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Cf.ゴダール論のほんの一部 ――Jean-Luc Godard――
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by epokhe | 2004-08-27 23:43

謎の資本主義

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資本主義は、「主義」ではない。

自由主義者はいるが、資本主義者はいない。
社会主義者はいるが、資本主義者はいない。
無政府主義者はいるが、資本主義者はいない。

「資本主義者」という人は存在しない。

いわゆる「資本主義」というのは単なる経済組織の一種であって、
「主義」と呼べるような大層なものではない。
お金抜きには何もできないから。
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by epokhe | 2004-08-27 01:06

うたかた

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しなくてもいいことをしてしまう。
言わなくてもいいことを言ってしまう。

肝心なことをしていない。
肝心なことを言っていない。
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by epokhe | 2004-08-26 16:07

ハウス・ハウザー・ハウゼスト

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ハウスとしての「家」。
家系や家柄や家元という時の「家」ではなく、「家」という箱。
つまり、抽象的な、理念として受け継がれていく「家」ではなく、物理的な、建物としての「家」。
その「家」と「家族」とどちらが重要だろう。
世の中を見渡してみると、家族が離散しても、「家」があれば何とかやっていけているように見受けられる。

「ファミリー」というイメージが虚構としての機能を果たさなくなってしまった現在、その「居心地の悪さ」が何に由来し、何を取り除けば何が残るのか、そして大切なのは何なのかを知るための、一種の極端な思考実験。
その最大の成果が、「家族」と「家」を分離することにあったということか。

仮に「家」が、「家族」という象徴的秩序に対して、外界から身を守るための居心地の良い物理的囲いを意味し、後者よりも前者の方が重要だと考えるとしても、そうなった時、「家」はいかなる場所にも設営可能で相対的な、それゆえに実体のないものに変化している。

ちょうど、ハウス・ミュージックの「ハウス」が、どんなに居心地が良くとも、
物理的条件としては文字通りの「ウェアハウス」、つまり倉庫の一種であったように、
家族という抽象化を失った「家」は、逆説的にそのことによって実体を失い、
大変移ろいやすいものとなってしまう。
「ハウス」は、シカゴの場末のクラブを発祥の地とする、ゲイ・ピープルのための
手作りのテクノ・ミュージックに由来している。
したがって、マッチョな演劇的世界はそこにはなく、むしろそうした世界から排除され、
抑圧されてきた人々が、他者からの冷ややかな視線にさいなまれることなく集い、
踊り明かすことができるための、外界から囲われた「家」という意味を持った。
この場合の家(ハウス)とは、したがって、その内部で何が起こっているかということよりも、
外から守られている、物理的に侵入者を妨げる箱である、ということが重要なのだ。
よって「ハウス」は、もちろんそこにはそれなりの友愛はあったものの、
過剰に強い連帯感や使命感、そして恋愛という既成のイメージによって縛られるような
ファミリー・イメージには乏しい。

居心地の良い「家」と、居心地の良い恋愛や絆といった血の結束を
両方とも真にモノにしている人物は、現在、物珍しい対象となってしまった。

ハウス以上のハウザーを、ハウザー以上のハウゼストを・・・。
求めていったらキリがない。


写真(青山・ラピュタ):M・S氏撮影
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by epokhe | 2004-08-25 19:11

ささやかな非凡

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夏期休業中のキャンパスは人がまばらで空気を思いっきり吸える。

実験室に赴いたところ、校舎の一部で壁や床の塗り替えをしていた。
そこは一面に薄いビニールが張り巡らされ、ペンキの臭いが鼻につく。
恐らく、後期の授業開始までには、綺麗に生まれ変わっているだろう。


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友人と共に、大学の図書館地下2階にある迷路のような研究書庫に寄った後、"CHEZ NOUS" にて休憩。
暗めの間接照明とレトロな内装で落ち着いて語れた。
広い図書館を歩き回って真剣に文献を探索して神経を使いまくり、
まるで貧血状態だったので、
あったかいコーヒーがいつになくありがたかった。


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そして帰り際、窓際の席に、K先生を発見してしまった。
「資本主義社会ではね、機会の平等が・・・」などと会話の切れ端がわずかに耳に入った。
K先生とマンツーマンで「1 on 1」で話してもらえるなんて羨ましいね、と友人と話し、K先生と話していた相手を、二人で僅かばかり妬みながら、駅までの道を歩いた。
友人が、「私、あの先生の喋り方、好きなんだよねー。」と言ったので
私が真似してあげたら、似ていたらしい。
私は、人の物真似が得意だ。
つまり、人の特徴を掴むのが得意だということ。
掴むというより鷲掴み。
いや、鷲掴みどころか、皮肉なまでに「グリッ」とえぐり出してしまうのだが。

【写真】
上:我がキャンパス内にある天然記念物の木々
中:中央図書館(正面ではない)
下:"CHEZ NOUS"内にて
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by epokhe | 2004-08-24 01:28

LE CHOCOLAT DE H の誘惑

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LE CHOCOLAT DE H (ル ショコラ ドゥ アッシュ)で、
チョコレートと焼き菓子を買った。
ショップは入店の人数制限がされていて、チョコレートやケーキ達は
ガラスのショーケースの中で、ジュエリー並みの扱いを受けていた。
チョコレート一粒一粒、ケーキ一個一個が宝物のようで、お客さん達は
皆、とろんとした甘い目をしてショーケースの中を見つめていた。


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マカロン(キャラメル)と、一粒250円のショコラ。
右から、シャンパン、抹茶、8月の限定ショコラ。


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エンガティナ、ガレット、カボスマドレーヌ、
グリオット、プチショコラ、クロタンプチ。
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by epokhe | 2004-08-23 00:43
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MAIL: epokhe@excite.co.jp


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