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夜中のタクシー

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とある休日。
時刻は午前1時。
真夜中。
タクシーに乗り、行き先を告げると、運転手がビックリしたような顔をする。
そして、その運転手さんは
「さっきから、お客さん3人続けて○○○○に行かれるんですよ。だから、私、さっきからそこを行ったり来たりしてるんです。今日は○○○○で、何かあるんですか?」
と言う。
私は、知りません、分かりませんと言っているのに、しつこく聞いてくる。
4人もたて続けに同じ目的地を指定したら、そりゃあ気になるのだろう。
そして、しまいには
「これから何かあるんですか?○○○○でビジネスのミーティングとかあるんですか?」
と聞いてきた。
えっ?!
ビジネスのミーティング???
こ、これから???
休日の夜中の1時から、ビジネスのミーティング???
私、そんなにバリバリビジネスマンに見えますか?
そんな必殺仕事人に見えますか?
どっちかって言うと、これから「夜のお仕事」って感じに見えませんかね?
持ってるバッグだって、明らかにビジネスバッグではないし。
確かに、手に書類は抱えてたけど、これは単なるパンフですよ。
んー、そっかー、と思いながらタクシーを降りた。
それにしても、休日の夜中の1時にミーティングとかしてる人達って、世の中にはいっぱいいるんだろうな。
皆さん、精根燃やしていらっしゃる。
あるがままでないことに精を出していらっしゃる。
そして、当の私も、あるがままでないことに精魂注いで精根使っている。
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by epokhe | 2004-11-29 23:31

脱啓蒙の科学ジャーナリズム

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一ヶ月前のアメリカ大統領選の討論について。

CNNで2人の討論を視聴していると、科学が主要な論点になっている。
「ES細胞」の話とかが、バンバン出てくる。
"embryonic stem cell"という単語が、大統領選の討論で飛び交っている。
「ES細胞」って知ってますか?
日本のオジサンは「ES細胞」を知らない。
嘆かわしいことに、と言うべきか何と言うべきか、
日本の「小泉vs岡田」の論争では、まず出てこない単語だ。

「ES細胞」は日本語にすると、「胎芽基幹細胞」。
少し前までは、"abortion"(妊娠中絶・堕胎)の是非を論争していたが、
科学技術の進化した今は、それをES細胞の是非で論争するようになった。

「バカ」とか言われているブッシュだが、まあ、少なくとも"embryonic stem cell"
という単語は一応何度も発音していた事は事実。
こういった現状と比較しても、
日本は科学が政治のissueにすらなっていないと思う。
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by epokhe | 2004-11-27 16:13

BABY

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11月24日は、2人の親友SとMの誕生日だった。
そして、本日は知人3人の誕生日がカブッている。
11月下旬生まれって、こんなに多かったっけ。

10月下旬生まれは、「クリスマスBABY」だと言われているけれど、
じゃあ、11月下旬生まれは何だ?
「クリスマス逃しちゃいましたよBABY」か、
「クリスマス乗り遅れちゃいましたよBABY」か。

5月生まれが統計的に多いのは、
「海辺でひと夏の恋のつもりだったのにーぃBABY」であることは
もはや言うまでもない。
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by epokhe | 2004-11-26 18:20

同一性と差異性と文化

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有限な自覚的存在としての人間は、理想や目標に向かって、
あるがままでないことに精を出す。
そしてそこに歴史というものが形作られる。
自然的存在としての人間の同一性(あるがままにあること)に介入してきたこの差異性を、
高い次元でふたたび同一性のうちに取り込もうとしたものが、弁証法であった。
だが、このようなやり方は、差異を同一性のもとに従属させることではないだろうか。

現象的に見ると、趣味、学力、ステータスなどの点で
現在好んで差異が強調されているように見える。
けれども一歩立ち入って考えてみると、
そのような差異というのは価値の豊かな多様化をもたらす本来の意味での差異ではなくて、価値の貧しい単一化に基づく、その中での差異にすぎないことが分かる。
言い換えれば、それは差異ではなくて同一性に基づいたものなのである。
それはまた、差異を含み、生み出すような自己同一性ではなく、
硬直し固定化された同一性であるとも言える。

今日、私はどれほど多くの文化的経験を、
あたかもそれが当たり前であるかのように受け取り、
そうした中で私自身のポジティヴな、あるいはネガティヴなアイデンティティを
形成してしまっているだろうか。
そのことを理解するには、
我々の主体が文化の中に重層的に呼び出されていること、
しかしその文化たるや、矛盾やずれを幾重にもはらんでおり、
したがってそこで呼び出される主体なるものも、
決して首尾一貫したものではあり得ないことを認識しておく必要がある。
つまり、文化は決して、何らかの一貫した原理で構成される統一体ではない。
前衛的なものや大衆的なもの、ナショナルなものやグローバルなもの、
本質的なものや相対的なものまでもがぶつかり合い、
折衝するさまざまな社会戦略の重なり合いの中で歴史的に構成されていく。
したがって、文化はいつも、その中に矛盾や亀裂、
ねじれや妥協を抱え込みながら
あたかも所与であるかのように構造化されている実践的なプロセスなのである。
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by epokhe | 2004-11-24 16:26

NEETとB系

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少し前から、NEETという言葉を耳にするようになった。

私は、NEETというと、どうしても「B系」を連想してしまう。
「B系」の男の子や女の子のイメージと、NEETが、どうも結び付いてしまうのだ。

勿論、ファッション・音楽が、必ずしも生き方と連動するとは限らない。
自分の帰属グループで一般的とされている格好とは全く正反対の格好をする人だっている。

しかし、「B系」に関しては、大抵が、その生き方まで共有しているように見える。
そして、私の友人というか知人というかで、「B系」の子達も、大体がNEETっぽい構え方。
大体が、基本的スタンスとしてNEET的である。

B-BOYの彼らが歌う詞、或いは謳う思想というのは、
「愛」と「平和」である。
彼らは、愛とか平和とかを物凄く強調する。
言うまでもなく、反戦。
人を殺す事、殺し合いをする事を、絶対に許さない。
彼らが心から大切にしたいのは、"LOVE & PEACE"。
愛と平和は労働と衝突する。

賃労働というのが、「平坦な戦場」で行われているとすれば、
彼らの生きる舞台というのは、
「愛の大地」か、
はたまた
「平和の地平線」か・・・。

レトリックだ。
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by epokhe | 2004-11-19 17:37

"nihilism"への疑問符/「意味」について

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"nihilism"というものがある。

「ニヒリズム」という英語(という発音の英語)はなく、これは日本語である。
「ニヒリズム」は、「虚無主義」と言われたりもする。

「ニヒル」というのは渋くて深遠なものを感じさせるためか、
ニヒルな男性というのが、時として女性にモテたりもする。

"nihil"というのはラテン語で「無」を意味する。
これは、価値的な意味での無であり、「無意味」という意味での無である。

ニヒリズムは内在的であり、超越的な世界を否定する性格を持つ。
これを代表する人物として、ニーチェやドストエフスキイが挙げられる。

私は、ニヒリズムには懐疑の念を抱く。
(ニーチェやドストエフスキイ自身は凄いと思うけど。)
たとえ、transcendentな存在をカッコに入れたとしても、
世の中は無意味ということにはならない。
生活世界の中で、間主観性(相互主観性)の中で、生きているのが我々である。
この世に産まれてきた時、既に意味が形成され蓄積されており、
意味に満ちている。
さしあたり、「私の世界」は、相互主観性の中で、私が常に形成しつつある。
まあ、「私の世界」なんてのは、厳密にはないけど。
「私」は多数の特殊な世界に部分的に属しているものであるから。

というわけで、虚無主義は、否定的に飛躍した発言である。
実際、それほど孤立した人ってのは稀だと思う。
事柄との関わりだってあるんだし。
我々は、肯定的・否定的な意味の中に生きている。

意味の探究は、形而上学である。
身近なものとして形而上学はあり、これは生きた思索の可能性である。
そして形而上学は科学と両立する。
ある一定の限られた視野(前提)と方法が、
科学をつくり上げると同時に科学の限界を生む。
科学は精密であればあるほど「全体知」は得られない。
「全体知」を探究するのが普遍学(例えば、形而上学)である。

おやー、何かニヒリズムとちょっとずれてきたか。
ともかく、世の中が無意味というのは否定的に飛躍した思想であろう。


Cf.永遠回帰・運命愛・ニーチェ
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by epokhe | 2004-11-16 15:13

Philippe Genty "Vanishing Point"

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フィリップ・ジャンティ・カンパニーの『Vanishing Point』に招待され、
ル・テアトル銀座に観に行ってきた。
前から二番目のプレリザーブ特等席。

この舞台について語ったら小説になってしまうので、ここでは書けない。
小説にしてみたところで不足。
フィリップ・ジャンティは、「天才」という言葉ではあまりに余る。


Cf.Vanishing Point ―消失点―
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by epokhe | 2004-11-14 01:15

自分の事だけ考える人達

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世の中には、自分の事しか意識しない人達がいる。
私の周りにもいる。
それは泥沼にはまるようなものである。
自分の事しか意識していない人は、逆に自分が見えておらず
そういう人達は、救いようがないし、健全でない。
別に、キレイ事で言っているのではなく、事実としてそうである。
自分が一番大事、というのは自慢すべき事ではない。
あまりにも当たり前すぎて、倫理的価値を持たない。
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by epokhe | 2004-11-12 18:00

パティオ十番クリスマスバージョンによせて

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【写真(3枚とも)@パティオ十番】
毎日ここを通る度に、クリスマスアーチとクリスマスリースとクリスマスイルミネーションを楽しんでおります。
青い光は「聖夜」っぽいし、赤と金は、めでたきゴージャスっぷり。
こんなデコレーションが施されたのは今年が初めて。
(イルミネーションのみなら以前もあった。)
どちら様がなさってくれたのだろう。
十番商店街の振興組合の方々だろうか。
うーん、でも、商店街の某店主が「これはクリスマスまであるんですかね?」と不思議がっていたから、多分違う。
ともかく、有り難う御座います。
こういう光と赤を見ると、幸福抱腹です。
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by epokhe | 2004-11-10 15:22

フォント変異

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今、通常更新しているPCと違うPCから更新しているのだが、
何だか記事の文字が異様に大きくて驚愕してしまった。
皆さんには、もしかしてこんなふうに見えていたのだろうか。
えー、恥ずかしい。
ほんとに、文字フォント18じゃ済まないくらい大きな文字で、
とてつもなく照れ臭い。
なにゆえ?
しかも、その大きいフォントのせいで、改行の段落が変なところで切れていて、
みっともないし、見栄えが悪い。
しかしほんと、一体なにゆえ?


追記:その後、通常のPCでブログを見たら、いつも通りの文字の大きさだった。
    通常のフツーの見慣れた文字フォント。
    んー、あのPCは何だったんだろう。
    呪怨?!
    遺恨?!
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by epokhe | 2004-11-09 11:48
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