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Mr.Garlic

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麻布十番にある、洋食屋「Mr.Garlic」に行き、噂のビーフコロッケを食べてきた。
ココは話題の頑固オヤジシェフが一人でやっている名店である。
口数少なく(ほぼ無口)、もくもくと手早く料理を作る。
四人席が三つに、二人席が一つの隠れ家的店内(B1F)。
ビーフ「コロッケ」とは言っても、ココのビーフコロッケはジャガイモより肉の方が多い。
殆どメンチカツに近いジューシーコロッケ。
付け合わせの、卵マカロニサラダとキャベツ炒めも、本当の「洋食屋さん」の味がする。

本日は、私達がランチタイム一番乗りで入店し、暫くするとすぐに全席が埋まった。
そこに、もう一組のお客さんが扉を開けた。
「満席です。」
頑固オヤジシェフは一言そう言った。
すると、来店したお客さんは帰って行った。
私達はちょうど食べ終えたところだったので、次のお客さんに悪いと思い、
「ご馳走様でした。今、出ます。」
と、慌てて出ようとすると、
「うちは急ぎませんから!」
と、頑固オヤジシェフはピシャっと言った。
満席だったら、満席で別に構わないといったような超然たる余裕の佇まい。
これぞ、プロの名物シェフ。
「うちは急ぎませんし、急いで出る方は料金多くとりますよ。料金3倍になりますから。」
と、軽いジョークまで飛ばした。
口数の少ない事で有名で、余計な事を一切言わない彼が、ちょっと面白い事を言ったので、これはちょっとしたネタだな、と思い、記録としてここに記す。


写真:「Mr.Garlic」への入り口、深緑色の重い鉄扉の一部。
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by epokhe | 2005-02-28 22:24

ミステリアスな女性とは

澁澤龍彦は言う。

◆ミステリアスな女性というものは、われわれ男性にとって、つねに魅力的なものである。

◆「知らないうちが花なのよ」という流行歌の文句があったけれども、知らないからこそミステリアスなのであって、ミステリアスな魅力とは、要するに未知の魅力と言い直してもよいであろう。

◆もっとも、いくら未知の女性であっても、彼女の容姿が美しくなければ、私たちの好奇心を刺激することはあり得まい。これは当り前の話である。しかも、ミステリアスな女性の美しさとは、一般的な基準における女性の美しさや愛らしさとは、やや違ったものでもあるだろう。

◆モナリザの微笑はミステリアスであるが、ルーベンスの肉感的な女はいくら笑っても、べつにミステリアスではあるまい。

◆男に近づきがたい印象をあたえたり、自分の内面を容易に気取らせず、何を考えているのか分からないような印象をあたえたりする女性が、どうやらミステリアスな魅力を発散するタイプの女性であるらしく思われる。

◆ところで、作家の稲垣足穂さんのような人の意見では、女性の美しさというものは、すべて例外なく「美少年的なもの」であって、天使的・中性的な女性こそ、もっとも美しいということになる。
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by epokhe | 2005-02-27 20:17

目・耳・鼻、とりわけ嗅覚について

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私は視力が低いため、中学生時代からコンタクトレンズを装着している。
現在では相当視力が低下し、正直0.01程度しかない。
(ちなみに、視力はないが、目ヂカラはあるとよく言われる。)
不便なのは事実だが、目が悪い人の方が、瞳が潤んでいて魅力的という話もあるし(本当か?)。
そして逆に、私は目が悪い分、耳と鼻が極めて良い(目が悪い分なのかどうかは不明だが)。
つまり、聴力と嗅力が人間離れしていると言って良いほど優れている。
犬並み。
私は幼い頃から色々な楽器を弾いているが、よく先生から「epokheちゃんは、お耳がイイね!」と褒められたものだ。
聴いた音楽を譜面に書くのが得意だった(「聴音」と言う)。
また、嗅覚にも自信があるので匂いには敏感である。
大抵の場合、人を「匂い」で覚える。
勿論、顔を覚えるのも得意中の得意で、一度見たことのある顔は大体忘れないが、それに加えて匂いも記憶に刷り込む。
その他、鼻が良いと、料理やお酒の味も細かく区別がつく。
このように、鼻が良いのは案外便利だが、一方、嗅ぎたくもない臭いまで猛烈に嗅げてしまうことは言うまでもない。

動物の中で、匂いに対して最も鈍感なのは他でもなく人類に違いない。
蝶や蛾の仲間は何10kmという想像もつかぬ遠方から、はるかに雌の臭いを知る。
犬だって、何マイルもの遠方にいる雌犬の臭い(膣の近くに分泌腺がある)によって、狂ったように昂奮する。
だが、人間の場合は、そうはいかない。
確かに、人間の女性も、膣の入り口のバルトリン腺から臭いを発しているそうだが、普通に同じ部屋にいるだけで、周囲の女性のバルトリン腺からの臭いを嗅ぎつけるほど鋭敏な嗅覚を備えた男性がいる話は聞いたことがない。
というわけで、人間は嗅覚が相当退化しているようだ。
人類にとっては、視覚というメディアが大部分を占め、それと比較して嗅覚なんぞはあまり役立つメディアとは言えないのだが、だからこそ私はそこにプリミティブな感慨を抱く。
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by epokhe | 2005-02-26 01:08

職と笑

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昨夜は、私の仕事後、従妹と飲み語らった。
従妹は現在、大学3年生でシューカツ真っ最中。
昨日も、某企業の面接帰りだった。
様々なマスメディアでも言われている事だが、今の学生はキャリア志向が強く、大企業にこだわらない。
友人らを見ていても、たとえ「一流企業」に入社したとしても、3年足らずで転職或いは起業している(中には、1年未満の人も)。
キャリアアップというやつだ。
勿論、企業名だけが自分の唯一の支え(誇り、プライド)という人もたくさんいるが。
従妹に関しても、いっぱい動いていっぱい考えてほしいと思う。
私達は前向きなので。
また面接等で近くに来た時は寄って下さい。
何でも聞きます、話します。

それにしても、麻布十番に居酒屋チェーンの「笑笑」ができたのにはビックリした(商店街にではなく、新一の橋交差点付近だが)。
あれは結構衝撃的な光景。
わりと本気でこっちまで笑笑状態。
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by epokhe | 2005-02-24 21:08

世界友情・国際友愛

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中高時代の友人(近い将来、弁護士になる人)と久々に会い、食事をしてきた。
二人揃ってバタバタしていて、気付けば1年以上会っていなかった。
先月、「久し振りに会いたいから2月中で都合のいい日教えて。」と言われたので、私が何日か挙げた所、お互いの都合が合うのが本日2月22日だった。
今日は何の日~毎日が記念日~によると、今日は「世界友情の日、国際友愛の日」、「猫の日」、「食器洗い乾燥機の日」らしい。
あと、毎月22日は「夫婦の日」でもある。
まあ、それはさておき、本日が「世界友情の日、国際友愛の日」という点に偶然ながらも嬉々とした。
「猫の日」だからって、二人して特に猫の真似をすることはなかった。
「食器洗い乾燥機の日」って一体。。。
これは問題外の外の他。

ともかく、今後3年間が「見物(みもの)」だね、という話になった。
きっと、この3年以内に、中高時代の同窓生達から面白い話題が盛り沢山出てくるはず。
そっと、見守りたいと思う(←他人事)。
私は中高一貫校だったため、思春期~青春期の6年間を共に過ごした仲間とは、一種の同胞的関係が育まれている(だから、本当は他人事なんかではない)。
皆どうなってゆくんだろう、楽しみだ。
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by epokhe | 2005-02-22 23:29

安彦麻理絵

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以前の記事で、岡崎京子や、魚喃キリコ や、内田春菊や、安野モヨコを紹介してきたが、女流漫画家でもう一人オススメの人物がいる。
それは、安彦麻理絵。
ボキャブラリーが最高に良い(面白い)。
悲惨な表情が強烈に巧い。
ある意味投げやり的な生き方に至極共感。
テキトーな感じが逆に鋭い認識を浮かび上がらせている。
見てて楽し過ぎる、或いは眺めてるだけで顔がほころぶ女ってB型人間に多いのだろうか(別に私は決して決定論者じゃないけど)。
岡崎京子も安彦麻理絵も血液型B型。(他の人は知らない。何型だろ。)
かく言う私も…(自滅)。
とにかく私は面白い人(面白いこと言う人)が男女問わず好きみたいである。
詰まんない人が面白い人に変わるのは極めて困難なことである(てか、不可能)。
面白い人間が真面目ぶるのは、た易いことだろうが。
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by epokhe | 2005-02-21 18:10

ロマンティック汚れモード

某劇場にて配布された「表現を発見する小劇場の新聞(experimental theater news) CUT IN」より、Dr.エクアドルのロマンティック汚れモード「オレは言ってるだけの奴が嫌いなのだ。」という記事を引用↓。


ミュージシャンによる地雷除去キャンペーンなんかを見ると平和主義メッセージに不快感を覚え、コヴァやら「つくる会」やら歴史修正主義者の発言を聞くとナショナリズムって嫌だなと感じるなんだか右左どっちつかずの俺ではあるが、左右どちらの言動も面白ければOKという不謹慎なスタンスでチェックしたい。
で、最近読んだ本はワイドショーのコメンテーターとしても活躍中の精神科医、香山リカ著「<私>の愛国心」。
最近の右傾化の風潮を「不安」をキーワードに読み込むというなかなか興味深い試みで、他の香山リカの著作、発言よりもかなり楽しめた。
でも、結局展開されているのはフロイト的「了解」で、「分析する私はメタ・レヴェルに立ってます」感が相変わらず感じ悪い。

80年代に「現代思想ととんねるずとオリゴCCが大好き」と連載プロフィールに明記してた彼女は前々回触れた岡崎京子と同様、ミーハーっぷりをあえて武器と見なすタイプだが、アンテナの鈍さから来るズレ加減を精神医学用語で補強する姑息さから、メディアでは決して悪口言われない岡崎京子と比べ、よく批判の俎上にあがる。
この著でも「生きにくさ」の表明という枠で、金原ひとみ、浜崎あゆみ、鬼束ちひろを同列に論じるという「大冒険」を演じており、「おいおい、それはないんじゃないか?」とつっこもうにも向こうは「無意識」を持ち出してくるので黙るしかない。
「無意識バナ」ってむかつくよな。
だから「今流行の『愛国心』なんてたいした意味ナシ」っていう結論は納得できるが、その過程が違和感だらけで好感もてない。
単純な図式に収めようとするし、変な危機感は煽るし、80年代流行の思想の核である「実体論を徹底して排した相対主義」を経由した形跡が一切ない。
最近では永井均を愛読してるらしいが、「言ってるだけ」じゃないの?
ホント、インチキくさいよな。
精神分析学って…病理分析って・・・そういうものなの?

以上。


私もDr.エクアドルと同感。
香山リカはそこそこ面白いけどズレてるな。
定義するのと説明するのは全く違う、と私は以前某氏から指導されたが、香山リカは説明がまともに出来てない。
先走った定義付けのみの気がする。
あと、議論の次元が行ったり来たりしていて、てんでバラバラ。
精神科医とはいえ医者だし、医者は科学者だからなー。
普遍学の対極にある科学では、全体知を得られない、ということを自覚して(肝に銘じて)ほしいなー。
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by epokhe | 2005-02-20 00:15

振る事について

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毎回思うのだが、人を「振る」というのは、心魂擦り減らす骨の折れる行為である。
何だか、また今回も気が重くなった。
ただ、ある人を振ったというだけで、自分がまるで「悪人」に思えてくる。
私は別に全然悪くないのに(悪くないつもりなのに)、何だか無慈悲で冷酷な人間のように感じてくる。
私は何も悪い事してないのに。
私は悪女でもなければ魔性女でもない(はず)。
振られた方は「せつねぇ~~~!!!」どころの話じゃないかもしれないが、振ったこちら側としても、大変後味が悪い。
いっつも、居たたまれない気持ちになる。
はっきり言って、気分を害する。
振るからには、それなりの「理由」が必要な世の中のようで、それを考えるのも何か苦痛。
この歳になってまで、こんなことに無駄な時間を割きたくないし、割くつもりもなかったが、依然としてこの調子は変わらない。
これは私に原因があるのだろうか。
大して気のない人に対して「気があるような素振り(あるいは顔つき)」でもしているのだろうか。
相手だって、門前払いされそうなら、そこまでアピってこないはずである。
それとも「賭け」でやって来るのか。
何だか解せないが、それなりに気をつけようと思う(何に?)。
惚れるも地獄、惚れられるも地獄。
振るも地獄、振られるも地獄。

以上、記事内容は「冷たい」感じなので、せめて写真だけはあったかい感じのをアップしてみた(本日撮影)。
せめてもの償い。
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by epokhe | 2005-02-19 01:43

戦争の時代とはなにか―――<帝国>を内乱へ

戦争の時代――①子供という視点の意義――社会の解釈体系の崩壊――何だかわからない(したがって、対処のしようがない)が、たしかにそこにいて、深刻な影響を及ぼしている。

戦争の時代――②われわれはめいめい自分にふさわしい戦争を持つのだ――サルトル『自由への道』

戦争の時代――③それぞれに「わからなさ」を抱え込んでいる。方向・未来の可能性なし=怪物の時代

民族戦争の時代――④現存する社会主義の崩壊、民族を超えるという社会主義的理想の自壊――民族・そして国民国家の露呈=世界大の怪物として

民族戦争の時代――⑤新たな「怪物」の誕生、あるいは古くて新しい怪物の登場

戦争の時代――⑥文明と野蛮の・北と南の分割戦争

戦争の時代――⑦戦争の暴力・性暴力の組織的遂行

「帝国」の時代――⑧経済的グローバリゼーションの安定的展開のための政治的「帝国」構築


【注釈】
<①について>
子供というのは、大人も含めた「子供」である。
子供から始まり子供で終わる。
子供は、教育の中に取り込まれると大人のミニチュアになる。
社会の解釈体系の崩壊とは、怪物描写の文法の崩壊である。
「何だかわからない」、だから怪物であり、いるんだけれど描く言葉を持たない。
その、何だかわからない怪物を、どれくらいその時代のリアルにのせて描けるかが、映画監督や作家や文学者や芸術家らにとってのポイント。
戦争も怪物の一つだが、怪物に関する詳細はこちらをご参照下さい。⇒創造する人間は絶えず新しい怪物を生み出してゆく

<④について>
つまり、方向性のなさ。

<⑧について>
資本主義の拡大=グローバリゼーションは、国家の枠を無化するのではなく、「国民国家」を強化する。
そして、「帝国」の登場。


以下、参考までに。
スルジャン・ドラゴエヴィッチ監督『ボスニア』には、戦争を考えるほぼ全てが含まれている(上記の①~⑦)。
『ボスニア』という映画は、エンターテイメント的要素が欠落している。
反ハリウッド的であり、ハリウッド的な映画の文法を外してしまっている。
つまり、起承転結や解放感がない。
解放感のなさや、むごたらしいあり方が、繰り返し反復される。
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by epokhe | 2005-02-17 16:41

『さくらん』

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友人が、安野モヨコの『さくらん』を貸してくれた。

そこには何人かの花魁(おいらん)が出てくる。

【花魁(おいらん)】
「花魁てのは

器量がいいのは
もちろんのこと

学もあって
華もあって

意地と張りが
なくちゃ

つとまん
ねえのよ」


ああ、なるほど。
花魁てこういうものだったのか。
へえ、いいじゃん、花魁。

「美人で気が強く
機転が利いて床上手」


Cf.働きマン
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by epokhe | 2005-02-16 17:30
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