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『男』

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私の周りには、色々な男がいる。
それらの男達の概要を述べるため、W・サローヤンの口吻を引用する。



男はみんな動物だ。
男はみんな他の男とおんなじ動物だ。
だが同時に一人ひとりが独特な動物である。
男はちっぽけな、さびしい生きものである。

(W・サローヤン 『男』)
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by epokhe | 2005-02-15 16:42

劇団豆☆六句

学友のCちゃんがミュージカル公演をする。
頑張るから是非観に来て、と言われたので、友人と行って参ります。
『ロッキー・ホラー・ショー』のパロディで、『ロッキーホラー和尚』。
ご興味のある方はチケット予約してくださいませ。
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by epokhe | 2005-02-13 22:38

「保護者」

大学入試当日、入試会場にまで親が連れ添ってきている受験生らを見た時、正直、卒倒しそうになった。
試験くらい、一人で来い!
一人で歩けるだろ!
お見送りだけではない。
なんと、試験終了時には「お迎えママ」達が行列作って「うちの子はどこかしら?」と門の周辺で待っている。
正直、たまげた。
ビックリし過ぎて吐きそうになった。
何、この光景は?
君らは幼稚園児か!?
少なくとも、春からは大学生になるつもりでいるんだろ!?
「お迎えママ」の人数は、その大学に通う大学生のマザコン率と比例する。
中でも、最も「お迎えママ」の人数と気合いが強烈だったのは、私立K大。
そういえば、高校時代の友人も、そこそこオベンキョ出来てマザコンぽいのは皆K大に行ったな。(←うわぁ、反論来そう…。こわ。)

以上、少し昔の私の体験談だが、家庭教師先の生徒(大学受験生の高3生)の話を聞くと、現在も似たような状況らしいので、参考(?)にしてくだされ。
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by epokhe | 2005-02-12 23:34

Mr.H & Mr.M

ライブドアの堀江さんは、やっぱりいつも妙に明るい。
何を聞かれようが、どんなネガティヴな質問をされようが、常に妙に明るい。
いやあ、明るいなー。
あっけらかんとし過ぎ。
引き続き、次は幻冬舎と提携して出版業にも乗り込む。
幻冬舎はいい出版社だよー、やるなあ、堀江っち。
頑張れ、堀江っち。
行け行け、堀江っち。

それとは裏腹に、楽天の三木谷氏は、某宗教団体と結ばれているらしい。
だから、彼はいつも暗いんだな。
しかも一族揃って、あの某宗教団体で幅をきかせているらしい。
金集めは、宗教とは別次元の所でして頂きたい。
いざこざの根源は、大体がその問題に収束されるのだから、そこは思い切って一線引いてもらわなければ、社会は混乱する。
某宗教団体とは無関係・無関心・無縁の皆様、もう少し危機感を持ちましょう。
これ以上書くと、禁忌に触れて、後ろから刺されるかもしれないので、今日の所はやめときます。
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by epokhe | 2005-02-11 17:27

夢野久作

「東京の女は自由である」と、夢野久作は書いている。
「眼についた異性に対して、堂々とモーションをかける。異性を批判し、玩味し、イヤになったらハイチャイをきめていい権利を、男と同じ程度に振り回して居る」、「往来を歩く姿勢も、昔と違って前屈みでは無い。昔は<屈み女に反り男>であったが、今では<反り女に反り男>の時代になった。そのうち、<反り女に屈み男>の時代が来るかも知れぬ」と、彼は言う。
夢野久作は、反り女の自由さ・勝手気ままさを憂いて憤慨し、その悪の根源は欧州大戦だとする。
「欧州大戦は、民族性や個性の尊重、階級打破、圧迫の排斥なぞと云ういろんな主義を生んだ」と言う。
それらは「今まで束縛され、圧迫されて居たものの解放と自由」をうながしたかに見えながら、結局は、世紀末的ダダイズム、邪教崇拝、変態心理尊重の頽廃的傾向を生み出し、「全人類の不良傾向にむすびついていったに過ぎなかった」と、彼はとらえる。

これは少し変である。
矛盾していておかしい。
世紀末的ダダイズム・邪教崇拝・変態心理尊重の頽廃的傾向が、「全人類の不良傾向にむすびついていった」と批判する彼が、何故ああいった作品を書いたのか。
彼こそまさに、ダダイズムや変態心理尊重の代表者である。
倫理的ぶっていて、倫理のかけらすらなかった人物だったのではないかと、私は想像する。
小心者のダダイスト。
気持ち悪い人だなー、この人は。
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by epokhe | 2005-02-10 21:39

『痕跡』

行きたい行きたいと言っていた、TRACES : Body and Idea in Contemporary Artに行ってきた。

痕跡は「キズ」ばかりではないはずであるのに、「汚れた跡」としての表現が大多数であった。
そんな中、「明るい残骸」や「清々しい形跡」もいくつかあり、目を引くものがあった。

印象深かったのは、ジョルジュ・マチウの《豊臣秀吉》と、金属活版の球と、ソル・ルウィットの《ウォール・ドローイング#4》など。
他にもあるが、作品名が分からない。
前衛的であろうとしたものは前衛にはなれない。
前衛は、成るものではなく、在るものだと思った。

作品の中には、私でも描けそうな(私でもできそうな)ものがいくつもあった。
だが、それと全く同じものを私がつくったとしても、それは作品にはなり得ないのは分かっている。
その人がやったから作品になる。
「その人」は「それなりの人」なのだ。
村上三郎の《入口》は、大きな金色の紙を村上三郎が破壊しただけのものである。
展示場には、作品の横に、彼が紙に突進して破っているパフォーマンスの映像が映し出されているが、こんな頭でも狂ったような行為をして評価されるのは、それが「彼」だからである。
「彼」だから、どんな阿呆なことをしようと拍手を貰えるのだ。

海外の作品に比べて、日本人の作品はパッとしないものが多かったが、展示作品の最後の方に、とても美しい日本語があった。
日本語といっても、日本語の単語としては存在しない日本語の連なりである。
私は声に出して発音してみたのだが、読んでいて心が瑞々しくなった。
日本語の響きって、こんなに綺麗だったんだ。
美しい日本語は、日常にはないと思った。
美しい日本語は、意味の中にはないと思った。

「痕跡」の反対語は何だろう。
「過去に何事かがあったことが分かるようなあと」が「痕跡」であるなら、「未来に向けて何事かをすること(何事かが起こること)」が、その反対だ。
「痕跡」の対極にあるのは、「現在」だった。
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by epokhe | 2005-02-10 02:30

大学入試・幸運

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家庭教師先の生徒Aちゃんの、センター試験利用入試の結果が出た。
合格してた!
万歳!
第一志望大学や、その他のスベリ止め大学の一般入試はまだこれからだが、ひとまず安心。
先週受験した某私大の国語の試験問題では、私と一緒にやった所がズバリ出た!
源氏物語の藤壺の丁度やった部分!
ラッキー。
ついてる。
私ってば、なかなか凄いかも(ただの偶然?)。
この前は、ヒルズの香港茶楼でランチをしていたら、中国茶に茶柱が立った!
綺麗に立った!
しかも、続けて二回も立った!
元気!

なにかとツイてるので、Aちゃんにも最高の春が来てくれるような気がしている。
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by epokhe | 2005-02-07 23:33

今朝、爪が剥がれた。
正確に言うと、途中まで剥がれてギリギリまだくっ付いている。
右手の中指の爪。
一番よく使う指。

途端に赤い血が溢れてきた。
痛いーーー。
死ぬーーー。
昨夜は私の部屋に宿泊客がいたので、一人でパニック状態になることは避けられ、面倒を見てもらった。
正確に言うと、一瞬パニックになって、なだめられて冷静になれた。
本当は今日、昨夜の宿泊客のお宅をご訪問する予定だったのに、トイレで自分のお尻さえまともに拭けなくなってしまった私がお邪魔しても、まさに「お邪魔」だと思い、断念した。
そもそも、行動・動作・仕草全てにかかる時間が、通常の30倍かかる。
中指が使えないって、こんなに辛く不便な拷問だったとは・・・。
使えないだけでなく、ちょっとでも何かに触れると激痛が走る。
電流が髄を駆け巡るー。
そして、それが暫く続くから、耐えられない。
少しでも気を抜くと中指を使ってしまう。
油断禁物。

この先数日間は、爪の存在のみ考えて生きてゆくことにします。
中指にだけ神経を集中させて生きてゆくことにします。
私の無意識の所で、こんなにたくさん働いてくれていたとは知らなかった。
中指さん、ありがとう。
爪さん、ごめんなさい。
もう、爪のこと意外は考えられません。
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by epokhe | 2005-02-06 16:00

始動

付き合う人間が、ドバーーーッと増えた。

電話が次々掛かってくる。
便利なようでいて鬱陶しく時間かかる。

メールの受信音が鳴り止まない。
返信していると親指が腱鞘炎にでもなりそう。

PCメールは毎日欠かさずチェックしないと命取りになる。
パソコンぶっ壊れたら、私の脳味噌半分ぶっ壊れたのと一緒。


マネージメントの仕事は大変だ。
人を「つかう」立場は大変だ。
全体の責任を背負う立場は大変だ。

雇われているだけの人は、なんだかんだでラクチンに見える。
雇われている人の責任も取らなくてはならない「雇う人」というのは荷が重い。
私は過大評価されているのではないか。
私なんかにできるのか。
だが、その疑問の理由を年齢や経験のせいにはしたくない。
そんなのは言い訳だ。
年なんて誰でも取れるし、経験なんて誰でも積めるのだから、年齢や経験なんかは能力の問題ではない。
できるはずだし、やってやる。

私の2005年度の目標:「理論と実践」
時間的には、「実践」の方に多くを費やす計算になるから、「実践」にのめり込むと「理論」を中断せざるを得ない状況に追いやられるかもしれない。

私って、いつまでたっても、人と違う事がしたい人間なんだなー、と思った。
世の中の現象の全てを可能な限り味わって死んでいきたいんだなー、と思った。

苦しい時期と楽しい時期は、リズムをずらしてテンポ良くやって来る。
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by epokhe | 2005-02-04 17:09

国力/子供/制度/結婚

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少子化によって国力が衰えるという懸念があるが、果たして本当にそうか?
先進国で少子化が進むというのは当然の成り行きで、文明が発達すると人口が減少するという法則がある。

発展途上国で子供がたくさん産まれる理由は主に、
・子作りの他に娯楽がない。
・多産多死である。
・子供が経済力、労働力になる。

一方、先進国では、個人が「自分自身の生活をより洗練されたものにしたい」と考えるため、「子供より自分」という大変エゴイスティックな人間が増える(子供を持つのもエゴのうちかもしれないが)。
そして、子供を育てるのにヒジョーに金がかかる。
Very expensive!
だから、一人っ子が増える。
昔は「一人っ子」は極めて異常だった。
子供というのは「子、ども」であり、これは「子達」という意味で、つまり複数形が一般。
子供というのは何人も持つのが正常だった。
英語でも、"Do you have children?"とは聞くが、"Do you have a child?"なんて聞かない。
また、子供を持っても苦労するのは目に見えている。
(その苦労の分だけ楽しみもあるんだろうから、プラマイゼロではないだろうか?もしくは、結果的には苦しみの何倍も楽しみがあるのではないだろうか?と私は思う。)

いずれにしろ、「数」で国力を維持しよう(国力を高めよう)というのは安易である。
「質」で維持すれば良い。
とは言え、少子高齢化は、健康保険制度や年金制度といった社会保障制度を崩壊させることは間違いない。
危機を克服するには制度を変えるしかない。
制度というのは、それに従って乗った方が得だし、そうできているのが制度であるから、なかなか変わらないし、なくならない。
結婚制度も然り。
結婚制度に組み込まれた方が社会的に明らかに得であり、得になるようにできているから、なんだかんだ言っても人は結婚し、結婚制度に加担する。
(多くの人は無自覚的に結婚して、気付いたら制度だったー!ってなる。それか、気付かないまま死ぬ。)
私が生きているうちは、確実に結婚制度はなくならないだろうな。
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by epokhe | 2005-02-03 18:58
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