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山田さんの想像

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私の先生が今年の一月に編纂した分厚い本(報告書)があるのだが、これは先生の周りの人(部下的存在や知人等)に声を掛けて賛同してくれた方々が、各チャプターを担当している。
その中の一人に、『パラサイト・シングルの時代』や最近の『希望格差社会』で有名な山田昌弘さんもいて、彼の話になったのだが、「山田さんはアイディアマンだよ。」と、先生は言っていた。
山田さんは、それほどデータ解析のできる人ではないけれど、アイディアの点では面白いと私も思う。
そして、ここでも彼はチャプターの最後に「二極化する若年者」という小見出しで書いている。
で、それをご紹介↓

「既婚者における妊娠先行結婚者」、及び、「未婚者における避妊消極者」のデータを分析していると、妊娠、結婚に関して、日本の若年女性は、二つのグループに分かれていくように感じられた。
一方には、高学歴で、かつ年収の高い夫を選ぶ、つまり、生活のことを考えて、結婚、妊娠を合理的選択として考え、婚前避妊に積極的なグループがある。
もう一方に、学歴が相対的に低く、避妊に消極的で、恋人と結婚意欲は低いが、できたら結婚する人、つまり、結婚や妊娠をハプニングと考えるグループがある。
今、セックスや結婚、妊娠に標準がなくなる時代、つまり、個人化したアノミー状況(無規範状態)が生じている。その中で、結婚、妊娠を「合理的選択」の所産として考える若者と、まったく何も考えない若者に二極化していくのも、現代日本社会の一つの特徴かも知れない。

以上。

ねえねえ、山田さん。
私はどっちにも当てはまらないよ。
二極化というのはアイディア(っていうか、ひらめき。いや、思いつき?)としては宜しいけど、時として大切なものを見落としてしまう恐れがありますね。
希望格差社会にしても然り。
やはり、彼はアイディアマンである。
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by epokhe | 2005-04-06 21:23

ハジケリスト

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生徒のT君が、こんな帽子↑をかぶって私を待ち受けていた。
『ボボボーボ・ボーボボ』のドンパッチと、「ハジケリスト」という文字がデザインされている。
ハジケリスト!
粋だねー、ウケる。

「ハジケリスト」とはどういう意味か、皆様お分かりですか?

ハジケテいる人。
「ハジける」に、"ist"という「人」の意を表す名詞語尾を付けて、「ハジケリスト」。
journalistとか、pianistとか、biologistとかと同じ感覚で。
「ハジけるのに巧みな人」とか、「ハジけ主義者」とも言えるかも。

この日のT君は・・・、いつにも増して、ハジケテマシタ!
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by epokhe | 2005-04-05 22:18

裏技のロジック

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裏技の発想というのは、今まで表から見て正しいと思っていたやり方以外にも、裏から見れば別の方法があると考えるということだ。
随分昔から「逆転の発想」という言葉があるが、これも似た考えである。

人のものの見方は、先入観から成り立っている価値観の表と裏のうち、表が常に正しいと思うことが多い。
同様に、上下や、左右、天地、大小、多少、順逆、過去未来、老若、長幼、長短、高低、濃淡、プロアマ、知と技、簡単複雑、そして動いているものと止まっているものなどの、反対の意味や対立的な概念を持つ言葉があり、普通の社会では、そのうちのどちらかが正しいとされることが多い。
同様な考えは、官民、美醜、内外、善悪、さらには規則不規則、対称非対称、人工自然といったような領域にまで、どちらを優先するかを常に問われることが多い。

西洋の社会では、それを片方に固定して正しいと考えることが常で、従ってコペルニクス的転回が可能となる。
一方、東洋の社会では、その二つの中間に正しい答えがあると折衷案を考えることが多いようで、一気に流れを変えることが不得意であるともいえる。
そこで、たまには我々東洋人も、一見合理的で正しいように考えられる方法や考えをひっくり返してみて、果たしてそれが正しいかどうかを検証する必要があるだろう。

日本の社会システムの病態を明らかにする時にも二つのやり方がある。
「今までこうやってきたのだから、こういう結果になった」という分析の立場と、「現在、社会にこういう病態があるということを明確に分析し、それに対してどうするか」という立場との、二つの立場である。
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by epokhe | 2005-04-04 23:46

オプティミスト/2 MEN

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◆「オプティミストは、全ての問題の中に機会を見つける。ペシミストは、全ての機会の中に問題を見つける。」というチャーチルの言葉を贈られ、あくまでオプティミストで頑張って下さい、と言われた。
こう言われた私達は、ほぼ全員がオプティミストだろうと思う。


◆先程、帰宅して暫くすると、「ピンポーン」とチャイムが鳴った。うちのマンションはエントランスがオートロックになっているので、訪問者はまず共同玄関で部屋のナンバーを押し、その様子がカメラに写されてうちのアイホンに写る。しかし、アイホンを見ると共同玄関ではなく、うちの玄関のランプが点滅しており、どうやら、お客は既にうちのドアの前にいるようだ。覗き窓で見てみると、私と同年代の男性二人が立っている。覗き窓からでは顔までよく見えないが、出で立ちはイケてる。「誰?」と思い、記憶を辿っていったが、このような二人組みと友達だったっけ?それとも、一人が私の友達で、彼がその友達を連れてきたのか?でも、どうして私の部屋番号を知ってるの?知ってたとしても、なんでオートロックを開錠できるんだ?マンションの住人?息を潜めながら覗き窓から眺め続けていると、いきなり、男性の一人がその覗き窓に顔を近づけて目が合った!勿論、向こうからは私が覗いている眼が見えないはずだが(そうだよね?)、いきなり至近距離に顔がアップになって、危うく声を出しそうになった。私は慌ててドアから離れ、二人は何か喋っているようだが内容まで聞き取れない。私がいないと思ったのか、居留守がバレたのか、少ししてから恐る恐る覗くと、もう二人の姿はなかった。誰だったのだろう?怖いなー。私が部屋に入っていくのをどこかで見ていたのだろうか。怖いー。ほんと誰?怪しい感じの人でなく、セールス関係の人でもなく、フツーに知り合いにいそうな感じの人だったから、余計に気になる。どこかで会った人?過去に名刺渡した人?
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by epokhe | 2005-04-03 19:36

永遠回帰・運命愛・ニーチェ

sさんの記事Eternal Sunshine of the Spotless Mindで、「永遠回帰」についてチョロッと引用されていたので、それに触発されて、私も「永遠回帰」について述べてみる。

永遠回帰(永劫回帰)とは、簡単に言うと、「ニヒリズムの極限形式」である。
(ニヒリズムについては、こちらを是非ご参照ください。⇒⇒⇒"nihilism"への疑問符/「意味」について
ニーチェはキリスト教と徹底的に戦い、それ以前の古代ギリシアを憧憬していた。
そして、「永遠回帰」も勿論、古代ギリシアの世界に下地がある。
ギリシア的世界観であり、円環的な時間の見方である。
時は円環をなして、また元に戻ってくるという捉え方だ。
つまり、無意味なことが永遠に繰り返されるが、それを受け入れるべき、という思想である。
無意味な世界が永遠に繰り返している、というニヒリズムの極限が永遠回帰の考え方だ。
これは「輪廻」に似ているため、仏教的な日本人にも馴染みやすいかもしれない。
輪廻の根本も「生きることは苦しい」というものだから。
永遠回帰はニヒリズムの極限形式だが、新しい価値の創造という点では肯定的である。

また、ニーチェのキーワードとしては「永遠回帰」の他に、「超人」「力への意志」「運命愛」などがある。
例えば、運命愛とは、必然(運命)を愛をもって受け入れる、ということで、「これが人生なのか。よし、もう一度。」という有名な言葉がそれをよく表現している。

いずれにせよ、結局、ニーチェにも超越的な神のようなものがあるのではないか。
「ニーチェの思想的誠実さ」もキリスト教から生まれたものであり、彼にとって内在的世界はやはりキリスト教で、そこに馴染めずに批判して「乗り越えよう」としている。
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by epokhe | 2005-04-02 23:46
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