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映画『マンダレイ』

“白人が我々を作った”
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映画『マンダレイ』鑑賞。
舞台のような映画。
映像も舞台みたいだし、構成も舞台みたいだし、設定も舞台みたい。
舞台公演を観ているイメージだった。
奴隷解放のヒストリーと内実をなぞって、テーマごとにチャプターでまとめられている。
映画の描き方は黒人寄りだったかもしれないが、注目のラストのナレーションで主張されたのは、結局アメリカの正当性だった。
言いたかったのは詰まる所、やっぱソレか、と思った。
「アメリカは黒人を受け入れる準備をきちんと整えた。黒人達に手を差し伸べた。その手を見ようとしないのがいけないのであり、差し伸べた手を見ない黒人の側に責めがある」というようなことを語っていた。
あと、映画の初めの辺りで、「私が日本人と商売をしないのは、彼らを信用していないからだ」と、パパギャングが娘の主人公グレースに言っていた。
個人的には、グレースとティモシーがベッドに横たわっているシーンが印象的だった。
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by epokhe | 2006-03-17 20:41

「ぎゅッ・バトン」とかいうもの

あああ。
うさぎ著『ぎゅー♪』を見てしまったので、バトン引き受けねば。

***********************************

【見た人はミンナやるバトン★】

□■ルール■□
見た人は全員やること!
絶対だから!嘘つきはだめ!

「ぎゅッ・バトン」

Q1ギュウされるのは好き?

ウィ

Q2前からギュウと後ろからギュウどっちが好き?

バックから

Q3あなたの手のまわし方は?

肩の上など

Q4顔はどっちの肩に置きますか?

どっちでもいいけど

Q5ギュウされて思うことは?

この人は今何考えてんだろう どこ見てんだろう (←ぷっ・笑)

Q6好きな人にギュウされた時言われたい言葉は?

名前(あだ名で)

Q7今までギュウされてよかった・嫌だったシチュエーションは?

よかった:「オヤスミ」と「オハヨウ」と「イッテラッシャイ」の時など
嫌だった:別に好きでもない人からされるのはヤダねー

Q8理想のギュウは?

ニオイを嗅げるギュー

Q9マイミクの中にギュウしたい人・されたい人はいますか?

いません

Q10あなたにとってギュウとは?

半密着

***********************************

以上、適当な回答でごめんよ、うさぎ。
詳細はまた別のコンテンツで…(笑)

それでは、上記のルールに則って、これをご覧になった方々は全員宜しくお願いします、ということで、失礼致します。
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by epokhe | 2006-03-17 00:46

転職観/「学生・正社員以外の人間」=「フリーター」/人事

欧米では、人材紹介会社というのが、日本の不動産会社と同じくらい身近な存在である。
例えば、日本において、転居を考える際、大概が不動産屋に立ち寄ることだろう。
そして、今まで引っ越しをしたことがない、という人は、少ないと思う。
つまり、日本人は、一生のうちに、最低一度は誰でも不動産会社に足を運んでいる。
これと同様に、欧米では、一生のうちに、最低一度は誰でも紹介業社に足を運んでいるというデータがある。
したがって、転職するのが当たり前、という世の中である。
日本は、そのような転職観・職業観が根付いておらず、まだまだ欧米より大分遅れている。

その代わり、日本の人材サービス業界では、紹介業より派遣業が幅を利かせていて、それによって踊らされている人々(多くは女性)も増加している。
人材会社が、求職者・転職者を「支援」するのではなく「煽る」存在となった。
アルバイト・派遣社員・契約社員といった、いわゆる「フリーター」は、意図的に造り出された。
意図的なものに煽られ、マンマと乗せられ、不毛なミニマムな仕事を繰り返さざるを得ない人々。
マーケットの主要なターゲット層を眺めていると、特に、派遣社員や契約社員の女性が目立つが、これはかなり問題だと思う。
悪く言うと、人材会社は単に、女性を調達して斡旋しているようにしか見えない。
また、それ以上に問題なのは、派遣社員の女性達自身が、自分がフリーターだと認識していない点である。
勿論、ちゃんと分かっている人もいるが、そうでない人が多い。
このような状態が今後も繰り返されるとしたら、人材派遣業界は未来志向のマーケットであるとは到底言い難い。
一般的な人材派遣会社は、はっきり言って、やっていることがショボイと思う。
全体として見た時、全く問題の解決になっていないと感じるのは、私だけではないはずだ。
企業の人事制度まで踏み込まないと、根本的に改善することはできず、今の状況は、まるで、骨折した足に絆創膏を貼って喜んでいるようなものである。
日本は、大企業であっても、「人事のプロ」が存在しない点からして、明らかに人事がおかしい。
欧米のHRを少しは真面目に見習ったらどうだろう。
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by epokhe | 2006-03-16 00:54

プラチナーゼ

先日、白金アエルシティにあるNBFプラチナタワー内に侵入できた。
(侵入っつっても、不法侵入ではありません。セキュリティしっかりしてるので、タワー内の企業にアポがない身元不明の人は入れません。)
外資系企業が入っているだけに、外人がウヨウヨいらっしゃる。
出来立てほやほやビルなだけに、内部も凄く綺麗。
全体的に「白」が基調で、光の取り入れ方が工夫されており、明るく気持ち良い。
トイレも抜け目なくビューディフォー。

白金には親類も住んでいるし、うちからも近いので、わりと徒歩で出掛けることがあったりする。
あと、友人の会社も白金にある。
白金にある「大五」っていうトンカツ屋さんが美味しい。
本格的で美味しいピザ屋もある。
商店街は、ほのぼのしている。
白金高輪は物価が安い。(←外部の人間は知らない真実。)
幼稚園や老人ホームが充実している。
白金は、ハッピーなファミリーが暮らすのには、都内で最適なエリアだと思う。
プラチナーゼの方々に幸アレ。
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by epokhe | 2006-03-14 23:12

映画『白バラの祈り ~ゾフィー・ショル、最期の日々~』

“お前は正しい。 誇りに思うよ。”
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映画『白バラの祈り ~ゾフィー・ショル、最期の日々~』鑑賞。
ゾフィー役の女優、見覚えあるなと思ったら、『ベルリン、僕らの革命』に出演していたユリア・イェンチだった。
ドイツと日本は似ている所があるので、日本を知るためにはドイツを知ってみることも有効かもしれない。
この映画で一番凄いと思ったシーンは、冒頭に掲げた台詞が出てくるシーンだ。
ゾフィーの父親は、娘が死刑になる直前、「お前は正しい。誇りに思うよ。」という言葉をかけるのである。
自分の娘がこれからギロチンにかけられるという時、そのような言葉をかけてやるのである。
素晴らしいと思った。
父親に寄り添う母親も、頷きながら娘を見つめる。
思想が一致した家族というのは、とてつもなく凄いと、ただただ思った。
思想の上で団結していれば、身体が死んでしまおうと、そんなことはどうでもいいのだ。
そういう強さを感じた。
メタフィジカルは、フィジカルを超越するな、と思った。
というか、そもそもフィジカルをメタしている(超えている)からメタフィジカルと言うのだけど。

学生時代の帰国生仲間に、ドイツからの帰国友達がいる。
彼は確か、小学生の時からドイツに住んでいた。
私は彼に、「ドイツってどんな国?ドイツ人ってどんな民族?」的な質問をしたことがある。
彼は、ずばり一言で答えてくれた。
「暗い国だよ。」
私は拍子抜けした。
なぜなら、当時の私はドイツ人を尊敬していたからだ。
だって、偉大な思想家は大体ドイツ人だもんねえ。
私は、彼の返答を聞いた時、えー、「暗い国」だなんてバカにして、何その答えはー!と一瞬思ったが……。
しかし、よく考えてみると、彼の言う通りであって、つまり、そういうことなのである。
「思想」なんてもんが発達する国は、つまり、「暗い」のだ。
現実原則が明るい国には、思想が発達する余地などない。
彼は続けた。
「ドイツ人は、みんな根本的に暗いんだよ。ってか、暗いはずなんだ。だって、あんだけ哲学なんかが発展するって、相当暗いだろ。普通の生活で明るくバカやってられたら、哲学的なもんなんて生まれねーぜ?思想の国ってことは、要は暗いんだよ。実際あいつらは、どこかしら暗いしね。」と。
彼の、「暗い」という言葉に含まれる意味が、私はとても面白く感じた。
比較として、アメリカを例に挙げるなら、アメリカの哲学は実用主義であり、「実用」という時点でそれは本来哲学ではない。
したがって、アメリカには真の哲学はない。
日常や現実のみに重きを置く国は、確かに明るく、悪く言えば単純なバカである。
一方、深い思想を持つ国は、ファンダメンタルな暗さがあるだろう。
現代が、こんなにも「明るい」国が強力であることの背景には、思想抜きの現実、つまりフィジカルなものしか視野に入っていないことが挙げられる。
本当は、メタフィジカルがあってこそフィジカルが存在するのに、それを忘れると、或いはそれを知らないと、極めて薄っぺらい、深みのない世界になる。
そういう見せかけの「思想」を選択しているのは我々自身なのだが。
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by epokhe | 2006-03-13 00:10

アカの他人の幸せが、自分の幸せを蝕む可能性について

以前、ランディさんがブログで『他人の幸せを破壊する』という記事を書いていた。
私の某女友達が葛藤している問題と関連があると思ったので、ここでその記事『他人の幸せを破壊する』を紹介させて頂く。

(引用開始)
自分が悪いから、自分がガマンすべきだと思っている人がときどきいる。
あんがい多い。
離婚して、親権を奥さんがもっていってしまって、子供に会わせてもらえない。
消息もわからなくなった……と、その人は言うのだ。
奥さんはもう別の男の人と再婚して暮しているから、自分が会いに行ったら子供が混乱するって、その人は言う。
「混乱してもいいじゃん、混乱したほうがいいじゃん、会いに行っちゃえ〜」
と私は他人事なので断言した。
「そんなことしたら、向こうの家庭の幸せが壊れるかも……」
その人はとてもいい人だと思った。だけど、私は誰かにがまんをさせて、誰かを犠牲にして自分たちだけ幸せになってる人の幸せは、壊していいと思っている。
私もそうやって壊されたことがままあるが、壊されてよかった。
幸せが壊れるのを恐れているのは、幸せじゃないような気がする。

(引用終了)

“誰かにがまんをさせて、誰かを犠牲にして自分たちだけ幸せになってる人の幸せは、壊していいと思っている。”
⇒ああ、その通りだろうと思う。冒頭に申し上げた某女史は、抱え切れない我慢をしていると察するし、多大な犠牲を引き受けていると感じる。

“私もそうやって壊されたことがままあるが、壊されてよかった。”
⇒そう。某女史という存在がいる時点で、既に彼らは崩壊しているのだ。もうずっと前から「終わってる」関係であることを、当事者の彼ら自身が気付いていない(気付く能力を喪失している)のだ。壊すのは、彼らにとってみても良いことかもしれない。

“幸せが壊れるのを恐れているのは、幸せじゃないような気がする。”
⇒"Oui."(←「うぃ」と発音)。壊した後の結果が恐いと言って行動に起こさないのは、ただの「逃げ」だと思う。それと同時に、そうやってヤキモキしているのは、非常に非生産的で不衛生な状況だ。本来は望まないような「無難」な道ばかり選択する行為は、到底、幸せとは程遠い。


さて、聡明で鋭い皆様でしたら、某女史がどのような立場に置かれているのか、きっとお気付きのはずですよね。
さあ、破壊の季節がやって参りました。
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by epokhe | 2006-03-11 18:24

Bobby's Cafe

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bobby's cafeにて、語りんこ。
ガールズデートにオススメ。
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by epokhe | 2006-03-09 00:40

お茶目な政治家

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この度、国対委員長となった渡部恒三氏は、とっても可愛らしい。
発言が機知に富んでいて、且つ非常にユーモアがある。
お茶目で憎めないキャラ。
尊敬され、賞賛されるのに、憎まれず、叩かれない。
顔付きも、いわゆる政治家特有の悪人顔とは正反対の善人顔。
すごくカワイイので、これからも色々と面白いことを喋ってほしい。
こういうユーモラスな政治家がもっと増えれば楽しいのにー。
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by epokhe | 2006-03-07 18:05

シュール画像2

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以前ご紹介した「シュール画像」に引き続き、新たに別のシュール画像を貰いました。
「バカボンのパパ」と「ピカチュー」が合体しています。
画像提供者に対して、「これは、ピカチューがバカボンのパパになったのか、バカボンのパパがピカチューになったのか、どっちですか?」と訊ねたら、「知りません。」と言われました。
どっちなんですかね?
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by epokhe | 2006-03-04 16:30

映画『美しき野獣』

“ファイト”
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映画『美しき野獣』鑑賞。
面白かった。

人生は全て、「復讐」なのではないかと思ってしまう。
復讐のためなら、人間は何でもできる。
例えば、何かを克服しようと躍起になる人間は、その克服する対象に対して復讐している。
例えば、何かで成功したいと願う人間は、成功しないかもしれない未来の自分に対して復讐している。
復讐の対象が「或る誰か」の場合、この信念はとてつもなく顕著で、文字通り「命を賭けて」突き進む。
「全てを賭けるな。」と、ヤクザのボス役であるユ・カンジンは言う。
一方、チャン刑事とオ検事は、全てを賭けた。

どの国の社会も、マフィアや暴力団はじめ、「ヤクザ的なるもの」があって初めて成り立っている。
ルールなんて、あってないようなものだ。
マトモじみた企業や集団が、ルールをはみ出たヤクザっぽいことをすると、一気に押し潰されるが、ルールを抹消あるいは操縦して究極のヤクザに成り切ってしまえば、世間で堂々と存在し続けることができる。
奇妙なことほど現実に棲みつく。
同じ論理で、「警察は制服を着たヤクザだ」とも言われている。
政治家が、チンピラではなく真正のヤクザになれた時、政治は変わるのだと思う。

クォン・サンウは、ワイルドでかっこよかった。
ユ・ジテも、相変わらずイイ味出していた。
183㎝のクォン・サンウより、だいぶ大きかったユ・ジテは、一体どのくらい身長があるのだろう。
二人とも、刑事・検事として、貫禄と迫力を醸し出していた。
韓国のヤクザ映画は侮れない。
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by epokhe | 2006-03-02 01:20
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