試論Records

epokhe.exblog.jp ブログトップ

<   2006年 05月 ( 12 )   > この月の画像一覧

WLB/企業へのアンチテーゼとしてのフリーター

北欧諸国やアメリカは、「仕事と子育ての両立」あるいは「ワークライフバランス」を労働組合が主導で勝ち取った。
つまり、「下」から、企業と家族の対等な関係を創り上げた。
日本は、ワークライフバランスの見直しを「政府」がやろうとしている。
つまり、「上」からやろうとしている。
そんなことやってもうまくいくはずがない。
しかし、これは仕方がないのだ。
日本の労働組合は弱くなる一方で、家族は企業の尻に敷かれ、常に企業が上でその下に家族がある状態であり、そもそも企業はそういうものだという価値観がある。
そんなところで、労働者が企業に口出しできる力があるだろうか。
だから、もうそれができるのは政府しかいないのである。
その政府も企業にイイ顔したいので、上からのキャンペーンだって、さほど効力を持ち得ない。
日本には、他の先進諸国のように、「下」から求めてワークライフバランスを確立するようなパワーがないので、今のような絶望的な状態が続いているのだろう。

そんな中、いわゆるフリーターの増加という現象は、良い意味で捉えれば、これまでの伝統的な企業観に対するアンチテーゼとも受け取れる。
少なくとも、そうであってくれれば頼もしい。
フリーターの彼ら・彼女らは、まさしく「ワークライフバランス」を体現している。
会社に依存して会社に身を捧げ、魂を削る生き方はもう過去のものだという主張の、behaviorとしての表れである。
自分達は自分達で、企業に飲み込まれずにリベラルに生きます、という傾向(トレンド)の増加。

固定観念にとらわれず、既成概念と闘い、敏感な鋭い感覚を持った人々が増えれば、傾いているハコに入って何とか生きていこうとするリーマンは減ると思う。


Cf.労働人
[PR]
by epokhe | 2006-05-31 16:50

@那須

旅行で那須高原へ。


a0022584_16164786.jpg
↑安愚楽牛のしゃぶしゃぶ&パイパー・エドシック・キュヴェ・レア

a0022584_1617361.jpg
↑ホテル(温泉&リフレクソロジーを満喫)

a0022584_16173278.jpg
ダイニングカフェ「Borage(ボリジ)」

a0022584_16174834.jpg
↑だちょうに遭遇

a0022584_1618137.jpg
↑天気がいまいちで…
[PR]
by epokhe | 2006-05-30 16:21

映画『嫌われ松子の一生』

a0022584_1527024.jpg

ロードショー初日に『松子』鑑賞。
中谷美紀が主演だったが、映画の目線は瑛太が中心。

A:「中谷美紀って、変な役ばっかやるよね。」
B:「なんか影がある感じだからじゃない?」
C:「そうそう。顔立ちはきれいなのに、暗くて影がある雰囲気の人だよね。寂しげで。」
D:「まあ、あの目は確実に整形の二重だけどねー。」

川尻松子さんほど、感情のままに生きられる人は滅多にいないだろう。
53歳で死んでしまったが、人の何倍も生きた女性だと思った。

あと、この映画は映像がとても綺麗。
CG技術がふんだんに使われていて楽しい。
[PR]
by epokhe | 2006-05-30 15:56

斉藤環+酒井順子『「性愛」格差論―萌えとモテの間で』

斉藤環+酒井順子『「性愛」格差論―萌えとモテの間で』を借りた。
新刊です。
下記のように、内容は盛り沢山で面白そう。
ご興味のある方は是非。

はじめに:性愛、この平等に不平等なもの
1章:「負け犬」―非婚は不幸なのか
2章:「おたく」―萌える男たちの心理とは?
3章:「ヤンキー」―語られざる一大文化
4章:「腐女子」―異性と番(つが)うよりも同性で
終章:「負け」を生き抜く―90年代以降の流れの中で
おわりに:“離島”に暮らす私たち
[PR]
by epokhe | 2006-05-26 00:01

安彦麻理絵『スリーピース!!①』『スリーピース!!RETURNS』

何度読んでも面白い。

安彦麻理絵の漫画については、こんな書評とかこんな書評もあります。
その書評の中で以下のような部分があった。

で、ぼく的に、いちばんキタのは、次のところ。
 前にも紹介したことあるけど。もいちど。

 マサミのところの夫婦は、「仲のいい夫婦」と周囲から目されていた。
 「未だに夫婦ふたりで居酒屋行ってずーっとしゃべって盛り上がってるんでしょー?」と友人が言う。「夫婦というより友達と同居してるみたいだった」とマサミの述懐。
 「子供が生まれて育てはじめてから 私達は友達じゃなくて 夫婦とか家族とかってやつに ようやくなったみたいな気がする」。子育てで疲れ果て、夫婦仲も疎遠になっていった。それが「夫婦とか家族とか」になるということなのである。
「『未だにふたりでずーっとしゃべって盛り上がってるんでしょー?』
 たしかにね
 たしかに 会話がないよりも
 あった方がいいにきまってる
 でも
 『かんじんなこと』
 話さなきゃイミないんだよな
 『どーでもいいこと』は
 いっぱい話した
 でも『かんじんなこと』は
 ぜんぜん話してこなかった
 私達は」

 あーもー、深夜に何気なく読みはじめたぼくは、いきなり後ろから袈裟がけでやられた感じになる。
 ぼくはケッコンしているけども、ずっと遠距離で、いまだに同居さえしたことがない。子どもはおろか、同居した途端に破滅するのではないかという心配がある。
 子育てなんか、もう想像するだにどうなることかと思う。
 逢坂みえこの『ベル・エポック』には、子どもに「スイッチ」があることを空想してしまう話が出てくる。かわいがるときだけかわいがって、ウザくなったり仕事で忙しいときは、背中のスイッチを切ってタンスにしまっておくのだ。
 こんなことグチャグチャ考えていたら、合計特殊出生率もやっぱ下がるのかもなあ。


書評筆者の「ぼく」という男性は、いわゆる既婚非同居カップルらしい。
一般的に「結婚」というと、男女が役所に届け出をすることと捉えられているが、それは正確には法律婚と言い、これとは別に、同棲等の事実婚というのも「結婚」である。
日本では、同棲含め結婚自体が減少し続けている。
これは、非婚非同居カップルが増えているせいか、そもそもカップルが成立していないのか。
ともあれ、“子どもはおろか、同居した途端に破滅するのではないかという心配がある。子育てなんか、もう想像するだにどうなることかと思う。―(中略)―こんなことグチャグチャ考えていたら、合計特殊出生率もやっぱ下がるのかもなあ。”、という「ぼく」氏しかり、現代人は本当にグチャグチャ考えすぎなのかもしれない。
考えることは素晴らしいし、私だって考えることは割と好きだけれど、考えていることを言い訳にして現実から逃げるのはよろしくないと思う。
考えれば考えるほど心配で不安で恐怖感に襲われる、「ビビリ」君や「ビビリ」ちゃんが増加しているような気がする。
現代の男女は、色んな意味でビビッてると思う。
[PR]
by epokhe | 2006-05-24 17:03

まさしく周期の問題

私は周期が比較的正確なので、自分の身体状態・精神状態の動きが客観的に分かる。
自分が今、周期のどの段階にいるから、かくかくしかじかの状況だ、とクリアに分かる。
自分でも驚いてしまうほど、言動の「循環」が起こっていて、我ながら面白い。
子宮に真っ赤なサンタクロースがやってくる直前の私は、本当によく泣く。
他人から見たらとっても意外なことかもしれないが、私は実は結構泣いている。
と言っても、人前でワーワーギャーギャー泣き喚いたことは一度も無い。
なぜだか感傷的になり、あるいは、何やら過度に物事に感動してしまい、涙が零れてくる時が数日間あるのだ。
私という人間は、分類するなら「軽躁」(いつも若干テンションが高めの状態で生きている。普段の状態が軽くハイ。鬱の逆。)だと認識しているので、ノーマルな人と比較すると、「循環」の幅も大きいのだろうと思う。
過去の事例から判断して、卵を体外に捨てる期間の少し前に、重大な過ちを犯しているケースが実に多い。
つまり、私の言う「よく泣く時期」には、誤った判断をしがちである。
この時期に重要な決断をすると、それは大抵の場合間違っている。
これまでの反省から、この「魔の期間」には、何らかの決断をするのをなるべく避けるようにしている。
行動に移すことを意識的にストップさせて、猶予を持たせるようにしている。
とにもかくにも、色んな世界が周期的に現れてくるので、まあ面白い。
このことを客観的に眺めてしまえるようになったってことは、私がオバサンになったってことかな。
[PR]
by epokhe | 2006-05-23 22:24

水 ~エイチ・ツー・オウ~

「熱しにくく冷めにくい」の代表格は「水」だけれど、逆に「熱しやすく冷めやすい」という言葉は私のためにあるのではないか、と思ってしまう。
こんな水の対極にあるような性質を、いい加減何とかしなければ、とつくづく思う。
[PR]
by epokhe | 2006-05-20 23:54

振り返ること

◆数年前までの私だったら、何事も早め早めに、万全に万全を期して必要以上の力を注いで物事を片付けていた。勿論結果はそれ相応のものを出せた。あれだけやったんだから当然だろうと思う。しかし、数年前から私は、何事も追い詰められないとやらない人になった。追い詰められないとやらない、というか、そこまで事前から準備万端にしておかなくても、「適当」でうまくいくようになった。これだけやっておけばクリアできるだろう、とか、これくらいなら要求水準を満たすだろう、ということが、判ってしまった。そこまでやらなくても、「そこそこ」で何とかなるものだと気付いてしまった。それからの私は、B型根性を前面に押し出し、大概のタスクに対してギリギリの段階で着手して片付けるスタイルとなった。それで済むならそれに越したことはないし、効率的であるし、そもそも、やることが色々あり過ぎて、昔みたいに1つのことにそんなに時間をかけられないというのも事実。あぁ。判ってしまうというのは哀しいことだなぁ。パッションだけで生きていたあの頃が懐かしい。

◆この前、大学時代の友人と話していて、やっぱり我々は根本的な部分で芸術家志向を捨てきれないのだという話がちょろっと出た。アーティストに対して、いい意味でも悪い意味でもコンプレックスを持っている。芸術家に弱い。芸術家が目の前に現れると無条件で憧れを抱く。我々はアートの真っ只中、或いはアートに最も近い世界にいたくせに、結局自分ら自身はそれとは異なるフィールドで「仕事」をしている。情けないというかやるせないというか。「適応力」が成し得たわざである。「適応力」なんかがなかったら、アートに突っ走っていたに違いない。半端な適応は、時に強固な現実志向を生む。「こうするのが一番いいんだ」とオツムで判断すると、現実主義に陥る。思えば我々も、随分頭でっかちになってしまったものだねぇ。そう。これからは、理性ではなく野性で生きなくてはいけない、ということもオツムで解っている。
[PR]
by epokhe | 2006-05-20 15:22

エビスとヒロオとモコ

恵比寿在住の某友人は、あの「速水もこ○ち」と知り合いである。
詳しく言うと、某友人の弟が、広尾高校時代に「速水もこ○ち」と仲が良く、よく恵比寿の自宅に「速水もこ○ち」が遊びにきていたらしい。
某友人のお母様は、当然、「もこ○ち君カッコイイわね~。顔ちっちゃいわね~。」と、当時(デビュー前)から彼のファンだった(目をつけていた)。
私が、「速水もこ○ちって、昔から全然もてなかったって本人は言ってるけど、実際のところどうなの?彼女いた?」と某友人に聞くと、「ほんとに男友達とつるんでることが多くて、いつも大勢でわいわいやってた。男の集団で恵比寿駅の○○にたむろしてることがほとんどだったし。」とのこと。
やっぱり、本当だったんだ。
でも、もてなかったというのは表現が違って、男だけで固まってつるんでいたから、女の子も近寄りがたい存在集団だったんだろう。
[PR]
by epokhe | 2006-05-18 12:41

経済大国の基盤となった「分業」

かつて、男性を「会社人間」に、女性を家族の守護神にと、人々の活動を仕事と家庭にそれぞれ特化してきたことは、企業に二重の意味で利益をもたらしてきた。
男性が家族をかえりみることなく、世界にも稀な長時間労働に耐え、会社のために尽くすことができたのは、女性が夫不在、父不在という非人間的な状況に耐えながら家庭を守ることに全責任を負ってきたからだった。
厳しい労働と競争にさらされて疲れ切って帰ってくる夫にとって、「妻を人間として扱って」などと言わないで、母のように全てを包容して優しくいたわる妻の存在は不可欠だった。
「会社人間」として競争社会で奮闘している夫は、休息の場である家庭では、時には幼児であり、時には暴君であった。
男性は外で働き、女性は家庭を守るという性による分業は、生産が家庭を離れて営まれるようになる資本主義経済体制のもとでは、必然的に形成されてくるものである。
しかも日本では、男女が愛と、協力、思いやりによって築いていく私的領域として家族、なかんずく夫婦家族の理念が確立されないままに、高度経済成長期をむかえ、家族は経済成長のために利用し尽された。
男性は家庭をかえりみることなく果敢に働き、女性が家族の守護神として、その役割意識・良妻賢母意識に徹してきたことは、戦後の高度経済成長を支え、今日の経済大国を実現した第一の基盤である。
また女性の役割は家庭を守ることだからと、子育て期間は仕事をやめて家庭に入り、子供に手がかからなくなってから再び働くという女性のM字型就労は、女性の労働、しかも現在の産業構造のもとでは男性とほぼ同質な労働を、低賃金で活用することを可能にしてきた。
このことは企業に甚大な利潤をもたらした。
これが驚異的な経済成長を可能にしてきた第二の基盤と言える。
[PR]
by epokhe | 2006-05-17 01:01
line

MAIL: epokhe@excite.co.jp


by epokhe
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite