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恵比寿BAR

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映画後、恵比寿BARで飲み語らい。
梅酒の種類がとても豊富。
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by epokhe | 2006-07-27 00:59

映画『幸せのポートレート』

“きみはとても変な人だ。 だがそれを隠してる。”
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『幸せのポートレート』鑑賞。
ドタバタで笑えた。
"Are you comfortable?"
という質問に、
"Yes!"
と身体が応えたら、
それが一番なのかもなーと思った。
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by epokhe | 2006-07-27 00:47

シュシュ

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chou chouにて、オーガニックなフレンチを食べてきた。
ちょっと出てくるのに時間がかかるけど、素材が濃くて美味しい。
シェフの満面の笑みも素敵。
写真は、デセールとして頂いた、柚子茶のケーキ。
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by epokhe | 2006-07-27 00:32

都市と分裂

近代都市にあって、人は他人や組織に容易に騙されまいとして、極度の警戒心を要し持ち合わせる人間に仕立て上げられる。
顔の表情や心理を素早く読み解く「視覚的人間」が優位を占め、合理的で分析的思考に習熟し、冷淡な身振りや作法を身につけ、情報に価値を見出すことができ、自明のことを疑ってかかる「探偵的人間」を都市は形成し産出していく。
いみじくも資本主義社会の論理構造とその矛盾を暴露し、商品と貨幣の分析からはじめて資本の生産過程を読み解いていったマルクスが、疑いのまなざしを把持し、「懐疑」することの思弁性をテーゼ化しようとしたことをここで思い起こしておいても、あながち、こじつけでははいだろう。
では「都市」とは一体何なのか。
それは肉眼に「見えるもの」を表徴化し記号化させ、他方「見えないもの」を構造化する装置である、と言ってもいいだろう。
そしてそのことは取りも直さず、都市は、都市自らの身体を、見える世界のヴィジブルな領域と、見えない世界のアンヴィジブルな領域とに、或いは、暴かれる可視的なものと、まだ謎めいた不可視の領域とに分節化していくことを意味する。
つまり、表向きは、あそこにビルがあり、その東にタワーがあり、そこから前方に公園が広がっている、といった視覚的表象の記号で覆い埋め尽くされる。
しかしそのことによって、それに対応するかのように、また、あたかも事物とその影との関係のごとく、不可視のアンダーグラウンド的な闇の境域も同時に形作られていくことにもなる。
分節化された都市の身体を生きる人間は、同時に、分節化された心性を生きねばならないことになる。
対他的にいだく極度の警戒心 / その一方で恐るべき無防備性
他人への極度の関心 / 全くの無関心
熱情や競争心 / 退屈で怠惰な心性
こうした相対立するものが、いつも隣り合わせに同時存在している、多少なりとも分裂症的人間像が輩出されることになる。
現代の都市的感性は、「背後が気になる」「たえず自分の後ろ側を意識せざるをえない」状況と不可分の関係にある。
都市は、「死角的領分」を生んだ。
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by epokhe | 2006-07-25 22:13

写真家 畠山直哉

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「畠山直哉 展 "Zeche Westfalen I/II Ahlen"」に行きたかったのに、開催期間が過ぎてしまった!!!
悔しい!
惜しい!
しかし、「二つの山 -畠山直哉 バルタザール・ブルグハルト-」は、まだ開催しているので、できたら見に行きたい。
でも、調布はちょっと遠いなー。

畠山直哉は、私の好きな写真家の一人である。
いや、「好き」とかそういう次元以上に、この人はとにかく素晴らしい。
彼の写真は一度は絶対に見ておく必要がある。
彼は、都市を定点観測している。
都市の皮膚、都市の表層の変化を記録している。
まさに、想像力の射程。
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by epokhe | 2006-07-23 23:32

ROPPONGI CLUB FLOWER

明日、六本木のロアビル2FにCLUB FLOWERがオープンする。
今日、帰宅途中に男の子2人が付いてきて、「明日オープンするクラブのチケットお渡しするんで来て下さい。」と、招待状をくれた。
リンク先のサイトにもINVITATIONがあるようなので、行かれる方はそちらをどうぞ。
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by epokhe | 2006-07-20 23:33

「映画」「映像」と、「否定」「抹消」

映画フィルムはたえず直前のコマ画像を修正・変化させながら、微細なレベルでのディテールの「否定」を、時間的多重層性の中で積み重ねていくメカニズムに依拠した視覚メディアである。
最初ネガ・フィルムに撮影されたものをコマ編集し、次にポジ・フィルムに反転転写させたうえで、そのフィルムを映写機器に同一速度で間欠的に提示することで、私達の網膜上の残像作用も手伝って、対象が一連の運動をしているかのように見え始めるのだ。
こうした現実には存在しない見た目のヴァーチャルな運動は、「仮現運動」と呼ばれているものである。
G・ドゥルーズのいうところの「リュミエールの爪」、または「イメージの駆動メカニズム」である。
映画は基本的に、前後を入れ替えたり、切断したり、廃棄したり、挿入したりといった「フィルム編集作業」によって、錯簡的に再解体してみることにより、今度は逆に、例えば弁証法(モンタージュ手法)的に映像が組み立てられ、物語的構造を獲得していくことが可能になる。
映像自体には「消す」原理が内在している。
映像が獲得したボキャブラリーであり、文法であるところの「クローズアップ」手法なども、実は視覚的に「消す」機構を備え持っている。
「クローズアップ」は、事物や世界を拡大してよく見せる視覚の話法とのみ考えられがちであるが、実は、フレームという外枠に掻きとられているために、拡大していけばいくほど、その周縁部からはみ出した世界は、「抹消」、「削除」されていく一種の抑圧システムが働くことになるのである。
視覚が中心化されると、「消されていく」世界が惹起する関係が成立する。
20世紀は映像の世紀ともいわれる。
映像は消し(=殺し)たり、破壊したり、毀損したりするバイオレントなボキャブラリーを、多く激しく持つことになった表現メディアでもあったことを確認しておきたい。
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by epokhe | 2006-07-20 00:33

Cattlogy ~猫学~

『青猫』を書いた萩原朔太郎は、詩人自身の内には、いつも「叛逆的、反噬する怒る獅子」と、「超俗的な夢みる猫」という、両極・両価的な獣が同時存在することを打ち明けていた。
『人イヌにあう』を著したK・ローレンツの謂をかりれば、気儘で好奇心溢れ、冷徹かと思えば熱情的な両義性豊かな、しかも自尊心の最も強い小獣である猫は、人間になつくのではなく家になついているにすぎないらしい。
拘束を厭い、個人主義的なこの小動物は、詩人達の「不可思議なる伴侶、ひとつの精霊」に相応しいだろう。
私自身は、「獅子」座であり、幼少の頃からずっと「犬」を飼っており、戌年であり、一種の分類上は猫とは対極にある(ようだ)。
実際、、「獅子」のような気質があり、「犬」との相性も極めて良いと思う。
しかしながら、周囲の目から見ると、私は「猫っぽい」らしい。
ということは、私は、先に述べた「気儘で好奇心溢れ、冷徹かと思えば熱情的な両義性豊かな、しかも自尊心の最も強い小獣」だということだろうか。
「化け猫」という言葉もあるように、猫には、メビウスの環のような、ないしはトロンプルイユ的な、見えない魔術の世界がある。
我が家で飼っている猫も、飼い主らに不可思議な精気をもたらしてくれているような気がしてならない。
猫は超俗的であり、猫学もまた超俗的である。
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by epokhe | 2006-07-17 23:48

映画『神々の深き欲望』@今村昌平監督追悼上映会

“東京にいると 自分が自分でなくなるような。
 バラバラに。 全く困ってしまうのであります。”
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映画『神々の深き欲望』鑑賞。
この映画は、うーん、何と言ったらいいのだろう。
うまく表現できないが、一つ言えるのは、長い映画であること。
それと、どうもうまく纏められないのは、この映画の世界観が一つでなく複数あることに原因があるように思う。
一言でスパッと表現するのが不可能なのは、この映画の世界が複線、というか、次元の異なる世界観が同居しているせいだと思われる。
これはとても珍しいのではないだろうか。
つまり、映画でないような映画なのである。
そして、ある種の宗教的な洗脳の手法と似ている気がした。
まあ、とにかく「トリ子」のインパクトが凄まじくて、数日以内に絶対「トリ子」が夢に出現するだろうし、もしくは、自分が夢の中で「トリ子」のようになっているだろう。
トリ子という、狂女(きょうじょ)、いや、獣女(じゅうじょ)に、少しばかりの皮肉を込めつつ敬意を表したい。
また、海と空と地平線と砂浜が一面に表れるカットは非常に印象的で素晴らしかった。
この映画には、自然の風景に加えて、数々の生物達が登場する。
爬虫類だったり、哺乳類だったり、色々だが、どれもとてつもなく生々しい。
人間よりも、生々しい。
「日本本土」に住まう人間達が、ビビリながらも惹かれる、怖じ気づきながらも血が騒ぐ、軽蔑しながらも尊敬する、そんな生態が、この映画に在る。
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by epokhe | 2006-07-14 01:42

BUTLERS@渋谷

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渋谷の東急ハンズそばにオープンしたBUTLERS CAFEに行ってきた。
外国人のBUTLER(執事)がスペシャル・サービスをしてくれる。
英語で色々フレンドリーに話しかけてくるので、英会話がしたい人にオススメ。
今週の「王様のブランチ」で、このお店が紹介されるので、ご興味がある方はチェキってみるのもアリかと。
コンセプトがしっかりしたお店だし、経営者のお二人もきちんとしているので、流行るのではないだろうか。
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by epokhe | 2006-07-12 00:22
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MAIL: epokhe@excite.co.jp


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