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好きな顔 ~顔学~

今更だが、私には確実に「好きな顔」というものがある。
先日、知人男性が「女性って、あんまり男の人の外見にこだわりませんよね。男ほどは。」というようなことを言っていて、まあ確かに統計上も、男性が相手の女性に求めるものの第一位は「容姿」であるのに対して、女性が相手の男性に求めるものの第一位が「経済力」だったりしてしまうのだから、彼がそう発言するのも無理はない。
しかし、「見る」「見られる」というのは権力構造の一種なので、女性だけが「見られる対象」である状況というのは、ある意味一つのショボイ暴力だったりする。
そこで、「見られたら、見かえせ!」というポリシーのもと、私は、男性が自分を見る分だけ、或いはそれ以上に男性を見かえすようにしている。
そういう意味で見られることに馴れていない男性は、恐らく一瞬びびるであろう。
電車でも、道端でも、私をジッと見てくる人がいたら、そして、見られていると気付いたら即、見かえしてみるのである。(暇な時のみ)
私の顔を見ていたら、相手の眼を見かえし、私の胸を見ていたら、相手の胸元を見かえし、私のスカート及び脚付近を見ていたら、相手の股間を見かえし、私のお尻を見ていたら、相手のケツの穴を見かえす。
試してみると、案外面白い。
勘違いされると声を掛けられて逆にメンドクサイことになるので、見る時は「目つき」に注意せねばならない。
あ、今回はこんなことを書きたいわけではなかった。
「好きな顔」について書くつもりだったのだ。
いい顔とか悪い顔とかそういう次元の話ではなく、本能的にどうしても「見ていたい顔」というのが存在して、この手の顔に遭遇した時は、見つめずにはいられない。
その顔は、あらゆる所に散在しており、タリーズの男性店員でもあり得るし、美容院のアシスタント君でもあり得るし、職場の先輩でもあり得るし、薬局の薬剤師でもあり得る。
本能的に、生理的に、「好きな顔」というのがある。
さらに、この「好きな顔」は、経験と共に変化していき、それまでは自分の「好きな顔」リストに入っていなかった顔でも、顔ではなく別の部分で好きになった人の顔に似ていたりすると、その後「好きな顔」リストに更新される。
そして、非常に非常に非常に不思議なことなのだが、「好きだなー」と思う顔の人とは、なぜか相性が良い。
生命のフェロモン探知機とでもいうのか、やはり、顔は無駄に一番目立つところについているわけではなく、それなりの存在理由がある。
色々と探知し、また探知されようと、必死に機能している器官なのだ。
「中身重視」というのは、申し訳ないが生物的にはただの偽善であって、顔学さえ極めてしまえば、それだけで中身まで見抜けてしまうものなのである。
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by epokhe | 2007-03-25 15:26

mother murder

日本における一昔前までの恋愛というのは、マザコンとの闘争なのだな、と思わずにはいられない。
「恋人の母親」から、運良くバトンを渡されればラッキーだけれど、「恋人の母親」がバトンを握ったまま離さないでいるうちは、絶望的であろう。
こういう恋愛を強いられた人々は可哀相だな、と心から思う。
これは、もはや恋愛ではない。
内戦である。
内戦は、戦争より恐ろしいのだ。

我々世代の青年青女は、内戦などせずに、もう少し気儘で、もう少し平和で、もう少し刺激的な仕方を選び取りたいものですね。
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by epokhe | 2007-03-24 00:22

Tokyo Tower ~Greening and Lighting the Future~

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昨夜、部屋の窓から、ふと外を眺めると、東京タワーがグリーンにライトアップされていた。
「見て見て!今日、東京タワーが緑になってるよ!なんでだろ!?なんで緑なのかな?!」
と、訪問客に訊くと、
「Suicaだよ。」
というオバカな答えしか返ってこなかったので、自分で調べてみた。
すると、こういうことらしい。

【アイルランド・日本外交関係樹立50周年記念】
3/17(土)東京タワーがグリーンにライトアップされました!
3月17日(土)の夜、アイルランドの国民的祝日であるセント・パトリックス・デイにちなんで、東京タワーがグリーンにライトアップされました。
今回のライトアップは、アイルランド大使館がアイルランドと日本の外交関係樹立50周年を記念して、日本中で行う様々なイベントの幕開けとして実施されたものです。
アイルランドの豊かな自然の象徴であるグリーンは、アイルランドのシンボルカラーであり、セント・パトリックス・デイのお祝いに伝統的に世界中で身につけられています。
3月17日当日は空気も澄んでいて、東京の夜空を、「希望」「自然」を意味するグリーンが包みこみました。
日本を象徴する「東京タワー」。
アイルランドとエコロジーを象徴する「グリーン」。
両国の未来に向けて、幻想的に浮かび上がった緑のタワー。
東京タワーに集まって頂いた大勢の皆さん、ありがとうございました。
※1957年3月、アイルランドと日本は外交関係を樹立しました。
  以来、島国である両国は年々友好関係や絆を深めています。


なるほど、アイルランドか!
決して、Suicaの緑色ではない。
確かに、本日からSuicaが地下鉄でもバスでも使用できるようになるけれども…。
Suicaは既に持っているが、地下鉄の駅でチャージができないと意味がないので、PASMOの定期を買おうかしら。
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by epokhe | 2007-03-18 15:26

映画『PARiS JE T'AiME』

“君の顔に見覚えがある。”
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映画『PARiS JE T'AiME』 ~パリ、ジュテーム~鑑賞。
パリに暮らしたくなる映画。
ショートムービーだということは把握して観に行ったが、まさかホントに5分とは!
作品ごとに優劣の差が激しい。。。
スティーヴ・ブシェミ、ナタリー・ポートマン、イライジャ・ウッド等、キャストは豪華。
映画『そして、ひと粒のひかり』でヒロイン・マリア役を演じた、あの、カタリーナ・サンディノ・モレノも出演している。

以下、イントロより。
ジャン=リュック・ゴダールやエリック・ロメールも参加した、ヌーヴェルヴァーグの頂点を極めた映画『パリところどころ』から早40年。
その現代版ともいえる、新たなパリ映画の傑作がここに誕生した。
その名も、『パリ、ジュテーム』。
2006年(第59回)カンヌ国際映画祭「ある視点」部門のオープニングを飾り、カンヌの人々の話題をさらったのも記憶に新しい。
それもそのはず、この映画には、『パリところどころ』に負けずとも劣らぬ、錚々たる顔ぶれが並んでいて、しかも、今回はフランスだけでなく、全世界から、この企画に賛同した優れた才能がパリに集まり、世界に名だたる18人の映画監督による夢のような競演が実現した。
それぞれが綴る、5分間の小さな「愛」のショートストーリー。
そして、一見バラバラに見える各々の短編がごく自然につながって、美しいハーモニーを奏で出す。
それは、まるでパリに暮らす人と人との出会いのように。
こうして出来上がったこの『パリ、ジュテーム』は、まさに珠玉の短編集といった趣きの映画だ。
フランス語のひそみに倣って、「アンソロジー(詞華集)」とでも呼びたい誘惑に駆られる。
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by epokhe | 2007-03-16 20:22

アニメ『サザエさん』と一緒にセクシュアリティする

『サザエさん』をBGVM(バック・グラウンド・ヴィジュアル・ミュージック)にして、セックスをしたことがおありだろうか。
これは非常な違和である。

『サザエさん』の世界観にあるのは「家事」である。
日常の平凡な「家事」である。
しかしながら、その「家事」の中に、「セックス」は含有されていない。
悉く排除されている。
もしくは、隠蔽されているのか、本当に存在していないのか、それが一般的な家庭なのか、わざとリアリティを抹消しているのか、狙いは町子さんのみぞ知る、である。

この点に関して、寺山修司は『家出のすすめ』の中で「サザエさんの性生活」というエッセイを執筆している。
これについては、カネキウスさんと言う人が、書評を書いている(黒の太字が寺山のテクスト)。

「見なれたものを見なれないものにする」というのが現代芸術だとするならば、見なれた『サザエさん』という平凡的日常と、見なれた「セックス」という平凡的日常の混合は、見なれない現代芸術になり得る。
反復とは決して同一のものの繰り返しではなく、一種の差異の産出なのである。
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by epokhe | 2007-03-15 16:24

Google信仰神話

Google会社概要にある「Googleの理念」のページをご覧になったことがあるだろうか。
これは、いささか気味が悪くはないか。
Googleが目指す世界は、「数量算術的宗教」の世界に等しい。

Google の使命は、「Google 独自の検索エンジンにより、世界中の情報を体系化し、アクセス可能で有益なものにすること」だという。
「Google」という社名 は、10の100乗を指す「googol (ゴーゴル)」という数学用語から名付けられたらしい。
この社名は、ウェブ上で使用可能な膨大な量の情報を組織化するという Google 社の使命を反映している、と会社概要に書かれている。

Google の共同創設者ラリー・ペイジは、「完璧な検索エンジンとは、ユーザーの意図を正確に把握し、ユーザーのニーズにぴったり一致するものを返すものだ」と言っているそうだが、私自身はこれまでGoogleから「私の意図を正確に把握し、私のニーズにぴったり一致するもの」を返されたためしがない。
返されるのは、ただただミーハーなリターンのみである。
そういうものしか返ってこないのは当然である。
なぜなら、「完璧な検索エンジン」は、ただただ算術的な視点しか含んでいないからである。

「完璧な検索エンジン」というものが、このように極めて数量的なものであるうちは、まだマシかもしれない。
単なる数量算術的宗教に侵されているうちは、まだ救いがある。
しかし、もし、本当に、「私の意図を正確に把握し、私のニーズにぴったり一致するもの」が返ってくるような出来事が起こってしまったら、そして、そのようなことを一つの企業が組織化している事態が起こってしまったら、その方がよっぽど恐ろしい。
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by epokhe | 2007-03-12 22:05

誤訳に基づく日本人の思考と行動

欧米文化の一つの土台をなす英語は、日本では明治期に大量に翻訳され、新たな「日本語」となった。
しかし、その中には明らかに「誤訳」であるものが数多く含まれている。
欧米文化を大急ぎで取り入れるためには、今まで日本に存在しなかった英語の概念を、自転車操業並みに大忙しで日本語に翻訳せねばならなかったのである。
したがって、翻訳の正確さのチェックは二の次となり、新たに充てられた誤訳が独り歩きするようになる。

たとえば、「success」は、ふつう「成功」と訳されるが、翻訳としては「続けることができる」「続けたくなる」のニュアンスが近い。
ある共同プロジェクトや商談で、そのときは完成や受注に至らなくても、引き続きその会社と組んでやってゆこうという良い関係を築くことができればsuccessfulと言う。
本来、継続性を前面に出した意味あいがあるのだが、「成功」というと1回きりの勝負となってしまって何か違う。

また「responsible」は、ふつう「責任ある」と訳される。
しかし、「責任」という言葉は重すぎる。
responsible は、本来「応答を返せる」ことで、要は会話を続けることなのである。
日本人は、responsibleを否かを問われると「責任」という日本語を思い浮かべ、「そんな責任はとりたくない」「そんな責任まではとれない」と逃げ腰になってしまう。
その結果、会議をしても何も決まらない。
決められない。
そして、外国人から相手にされなくなってしまう。

「education」は「教育」と訳されているし、訳語そのものを分解して、「文字通り、教え、育てることである」と説明されることも多い。
しかし「教え、育てる」では、上から目線の感がある。
本来educationは「才能を引き出すこと」で、教師はその手助けをするものである。

「philosophy」に関しては、知っている人も多いと思うが、本来は「知恵を愛すること」の意味である。
これまでの経験をふまえて、自分なりの考え方を持ち、それを分かりやすく伝えることに他ならない。
それを「哲学」と訳してしまった。
一般の人が「哲学」から連想するイメージは、形而上学的で超越的なものであろう。
本来は、ダイアローグという極めて「臨床的」な知がphilosophyであったにもかかわらず、モノローグな「哲学」が独り歩きするに至ってしまった。

誤訳に惑わされることなく、英語本来のニュアンスを体得することに努めるのが一番であろう。
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by epokhe | 2007-03-10 19:50

改めてLD考

月刊誌『選択』の元編集長である阿部重夫さんのブログの過去ログを読んでいて、某LD社の名前と国策という言葉の結びつきに懐かしさを覚え、思わず釘付けになった。
私も昨年、似たようなことを書いていたなあ、と。
阿部重夫さんは溜め息が出るほど頭が良い。
彼が書く記事には文字通り「合点」が行く。
【「編集長ブログ」に掲載されている内容(タイトル及び本文)に限り、転用・転載・翻訳は、クリエイティブコモンズの「帰属-派生禁止 2.1 日本」条項に準じた利用を認めます。】とのことなので、以下に引用させて頂く。
良識人ならば、彼の見解に同意するのは自明のことである。

≪引用開始≫

ライブドア崩落5――国策捜査
2006年01月26日
ライブドア事件で、証券取引等監視委員会(SEC)の無能論が盛んだ。東京地検特捜部がSECの告発を抜きに、じかに摘発に乗り出したからだ。自民党内ではSECを「役立たずのカカシ」とみなす意見が出て、与謝野金融相も1月24日、SECの人員増と機能強化に言及した。

そうだろうか。そばで見たから言うが、特捜の内偵力なんて限られている。投資事業組合を使った隠れ蓑のスキームは、ライブドア内のディープスロート(情報提供者)とSECの協力がなければ見破れなかったと思う。SECが検察の植民地と化し、手柄を召し上げられているのではないか。

本来、証券監視委は事件になる前に「前さばき」で、こういう怪しい事案が出たら、会社幹部を呼んで警告し、暴走を食い止めねばならない。それが特捜出向のスタッフが来るようになって、特捜の得点にならない前さばきが疎かになり、事件化のための下請け化してしまったのではないか。一見、無能に見えても、実は捜査と行政のはざまに問題はあり、一方的な無能呼ばわりには歯軋りしているだろう。

で、それを含めてこのいささか歪んだライブドア捜査が、「国策捜査」と呼べると思った。すると、尊敬するある記者から電話がかかってきて、「国策捜査」と書いた真意を聞きたいという。

国策とは、捜査に国家権力の意志が露骨に発動されているということである。ライブドアの弁護をするつもりはないが、株高を利用してBS/PL(貸借対照表/損益計算書)をお化粧することといい、投資事業組合を隠れ蓑(それ自体としてはそう複雑でない)にした数字の操作といい、手を染めている企業は少なくない。規制緩和のおかげである。ホリエモンが違法性を意識してようがいまいが、そのグレーゾーンはライブドアしか見つけていない特別の抜け道だったとは思えない。

それでもライブドアを狙い撃ちにしたのはなぜか。法の平等を守るなら、同じような企業はいくらもあり、彼らは首をすくめてライブドアの行方を見守っているに違いない。が、検察のいう「一罰百戒」の「一」にどこを選ぶかは、検察のサジ加減ひとつだ。いやな言葉だが、「訴訟経済」ともいう。違法案件全てを特捜で捜査し起訴していたら検事の手が回らないし、国家的にも無駄が多いという論理である。一点だけ撃ってすべてに行き渡れば、これほど経済的なことはない。

しかし、いくら買収また買収で規模を膨らませてきた虚業に近いとはいえ、一時は時価総額8000億円を超え、株主23万人、グループ社員2000人以上の東証マザーズ上場企業である。上場廃止に追い込む容疑にしては、証取法の「風説の流布」と「偽計」は弱い。「粉飾決算」がついたとしても、ガサいれからわずか1週間で堀江社長ら3取締役を逮捕、「生きている企業」にいきなり死刑宣告する理由になるのだろうか。

その疑問点から「国策」と呼んだのだ。たまたま、90年代に経営破たんした長期信用銀行のOBと食事をしたが、東京地検特捜部が頭取ら幹部を逮捕するには、まず辞任させて後任が決まってから、とそれなりに企業存続に配慮したものだ。当時の地検は「いきなり社長や頭取を捕まえたら、生きている企業が立ち倒れしかねない。それは検察の望むところではない」と説明した。

それが今回は違った。のっけからホリエモンを撃沈させる直線的な手法は、ライブドアの株主も社員も考慮の外にある。虚業に「投資」した自己責任、ヒルズ族の幻影に目がくらんで就職した愚を思い知れ、といわんばかり。検察首脳にとっては「私益」にすぎず、資本市場の根幹を揺るがすルール破りを正す「公益」の前では、何ほどのことでもないらしい。が、路頭に迷う側からは、この「国策」に釈然としないに違いない。

くだんの記者は言う。「売り注文が殺到して東証が取引を全面停止したのは検察の想定外だったかもしれないが、せっかく回復しかけた株式相場を壊すだの、デイトレーダーを含めて広がった市場のすそ野が萎縮するだの、特捜はまったく考えていないでしょう。それが統治者の論理です。結局、問題は統治権力に判断する(あるいは無視する)権限が与えられているか、の統治権力論に帰する」と。

「しかし」と私は反論した。ヒューザーの証人喚問ばかりに目を奪われていた首相官邸は事前に報告を受けていなかったという。飯島秘書官には寝耳に水だったそうだ。総選挙で「刺客」としてホリエモンを応援したダメージばかりではない。官邸に知らせないのは「検察がバッジを狙っているから」で、官邸から漏れないようにしたのではないのだろうか。バッジとはもちろん議員バッジである。政界からはブーイングが出かねないが、小泉政権の末期を見越した「国策捜査」には意味がある。

もうひとつ、斧で切り倒すようにライブドアを根こそぎにしたのは、すでにアングラに汚染されていて、国家には看過しがたくなっていたとも考えられる。ライブドアが12月に買収した不動産会社は、昨年6月に社長が覚せい剤所持で逮捕される不祥事を起こしてキナ臭い。フジテレビとのニッポン放送株買収戦が終わったころ、潤沢になった資金を芸能プロダクション買収にあてようとしたこともあったという。気が大きくなった彼らが、アングラに食いつかれる隙はいくらでもあった。

いや、ヒルズ族の前身、(渋谷)ビット・バレーのベンチャー経営者の中には、ダイヤルQ2など風俗産業を出発点にしている人もあり、当初からアングラの影がちらつく。ライブドアに限らず、渋谷や青山で大手を振って歩いていた「若造たち」の錬金術も、かねてから広域暴力団が絡むとのうわさが流れている。その腐敗にメスを入れるところまで検察の捜査が及ぶなら、この「国策」捜査の公益性はあると言っていい。

だが、そこまで捜査は視野に入れているのか。検察は立件に自信満々らしい。しかし、それが「粉飾」程度でとどまり、ディープスロートがライブドアの実権を握って、潤沢なキャッシュフローをわがものにする手助けで終わるなら、この「国策」捜査は歪んでいると言わざるをえない。

≪引用終了≫
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by epokhe | 2007-03-10 02:54

カルトに加担する人々へ

私は今まで、ビールはキリンビールが好きだとのたまう人間のセンスを疑ってきた。
ラガーが好きとか一番絞りが最高とか叫んでいるのは、古いタイプの人間に多く、また同時に、非常にキナ臭いのである。
したがって、そのような人間を、私はこれまで「直感的に」信じられなかった。
そして、キリンビールが、某ヤクザカルト犯罪集団の系列企業と知って、自分自身の直感的なセンスと見る目に感心したのであった。

私は今まで、東京ディズニーランドという場所と、好んでそこに集う人間を、気持ち悪いと思ってきた。
ディズニーランドは「デスニアランド(Death near Land)」以外の何物でもない。
あの空間に、何とも言えない違和感を抱いていた。
そして、東京ディズニーランドの資本と経営権を握るのが、某ヤクザカルト犯罪集団と知って、自分自身の直感的なセンスと見る目に感心したのであった。


上記の二例に限らず、大衆が「白」と判断するもの、或いは「白」と判断するよう無意識に仕向けられているものが、実は最も「ブラック」という事態が平気で発生しているのが、確かに日本の現状である。
以上、犯罪カルトに加担する人々と、それを「見守る」人々へ。
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by epokhe | 2007-03-08 00:35

ウラ

いいかいキミ、綺麗な水には魚は住めないんだよ。
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by epokhe | 2007-03-06 00:35
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