やまだないと『西荻夫婦』
“わたしたちには子供がいない。
作らなかったのだ。作らないことはそう難しくない。
子供よりも、わたしたちは自分を選んだ。他人よりも自分を。
わたしたちをこの世への出口と決められていた子供がいたとしたら、
その子にはひどいことをした。
たどり着いた出口はコンクリートで向こうから塗り固められていた。
なんて、残酷なことをしている。
私たちは自分たちの意志で、誰かが生まれてくる可能性や、権利を
ないがしろにしている。
だからわたしたちに何らかの罰が当たっても仕方ないなとか思ってる。
でもわたしたちがうしろめたいのは、生まれない子供にではないのだ。
わたしたちの両親にたいしてうしろめたく思っている。
私たちのために確実に、自分の時間を費やしてくれたその人たちに
もらった時間を、わたしたちときたら、まるきり自分のためだけに
使っているのだから。
(中略)
わたしの時間は誰のために使われるでもなく、すべて、わたしが、
わたしのために消費する。
わたしは誰の幸せよりもわたしの幸せをかみしめる。
彼のことでさえ、本当は…。
彼…彼…こうして、わたしの目の前にいて、煙を吐き出すつり目の
男は誰だろう。
フィルターのぎりぎりまで燃えた煙草を指先でもてあそぶこの人は
誰なんだろう。
どうしてわたしはこの人と、こうして長いこと一緒にいるんだろう。
実験用の装置の中で覚えた小さな動きを繰り返すなか、
ネズミはもう一匹のネズミに愛情を感じているんだろうかね。”
こういうDINKSカップルが、西荻には一体どれほどいるのだろう。
東京にどれほどいるのだろう。
しくしく。