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森美術館

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森美術館に行き、
《MoMA(The Museum of Modern Art)ニューヨーク近代美術館展
 モダンってなに?――アートの継続性と変化、1880年から現在まで》
を観てきた。

内容はさて置き、まず言いたいことがある。

空調管理が悪すぎる。
寒すぎて、ゆっくり鑑賞するどころではなかった。
「さっさと見て帰れ。」という無言の圧力を感じた。
館内は比較的混んでいたのだが、皆ブルブル震えていて、そそくさと見ざるを得ない状況だった。
監視しているスタッフの方々は、何枚も着込んでマフラーまでしていたのだから・・・。
一般的に、今の季節は夏とされてますので、
一般人の来館者はマフラーなんか持ってきてません。
もう少し、人にやさしい空調を願いたい。
こんなんじゃ、美術品も凍ってしまう。
人にも作品にも失礼な環境であった。

森美術館は森タワーの53階にあるのだが、そこに辿り着くまで(そこからの帰り道も含め)は、
ディズニーランドのスペースマウンテンだった。
荷物検査、過剰な人数の案内係、お決まりのツアー的流れ・・・。
確かに、所々に案内係がいなければ、迷ってしまってこの世に戻ってこられないような
怖い空間を有したビルなので、無理もないが・・・。
また、オリジナルグッズも、至る所にシツコイほど売られている。

景色・展望は良かった。
なんてったって、53階ゆえに高いから。
最近は雲の位置が低いので、ちょうど目線に雲が流れていて良い気分だった。

さて、MoMAの内容について書くのは次回にしようと判断。
by epokhe | 2004-07-31 18:51

デヴォーショナリア[祈り]

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さて次は、リアス&リートヴェークの『デヴォーショナリア[祈り]』(1994-2003)。
『デヴォーショナリア[祈り]』は、リオ・デ・ジャネイロのダウンタウンに生活するストリート・チルドレンやティーンエイジャーのための移動式スタジオという形で始められたプロジェクトである。
路上に暮らす人々と常に活動を共にするパブリック・エージェントやNGOを巻き込みながら共同作業を行うことで、この作業は1995年末まで続けられた。


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このプロジェクトに参加した600人余りの子供の手足をかたどった、白いワックスの型1286個の制作を記録した映像は80時間以上に及んだ。
子供達が型取りを行いながら希望や望みを伝える手段として、ブラジルの人々に良く知られた「エクス・ヴォト」というメタファーが選ばれたのだが、それは神ではなく社会に向けられたものである。
ちなみに「エクス・ヴォト」とは、ブラジルの民間信仰で病の治癒を祈念して教会に奉献する、自らの手足などをかたどったオブジェのことである。


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プロジェクト開始から8年を経て新たなヴィデオ・コンピレーションが制作されたが、その目的は過去のニュースや記事からの引用や、子供達との再会を通して、彼らのうちどれだけが依然同様の状態で路上暮らしを続けているのかを記録し、その事実に思いを巡らすことである。
再会を通して子供達は、他の参加者の何人が、昨年、殺害されたり亡くなったりしたかということを語る。
そして当時の記事からの引用によって、それら子供達のプライベートな物語は公の現実の中に位置付けられる。
8年を経て、デヴォーショナリアに参加した子供のほぼ半数が死亡していた。


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『デヴォーショナリア[祈り]』は、対話としてのアート、
或いはアートとしての対話だと感じた。
白いワックスでかたどられた手足が地面にひしめき合い、
そのざわめきが私に語りかけてくる。
その語りは、この型取りをしている最中に子供達が語った夢と、
殺されていく叫びの声・・・。


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『デヴォーショナリア[祈り]』の空間に、ひとたび足を踏み入れると、
私はなかなか逃れられなかった。
彼らに対して何か語りたい。
でも、何か語った途端に崩れてしまいそうになる。
路上で暮らす子供達が身体の奥底から発してくる表現を、
受け止めて返すだけの術がまだまだ足りない。
「殺(ヤ)らなければ、自分が殺(ヤ)られる」と言い、「愛情という感覚を持ったことがない」と断言する子供達は、私よりも「生きていた」。
by epokhe | 2004-07-28 18:30

花模様に舌

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引き続き、アドリアナ・ヴァレジョンの『花模様に舌』(1998)。

ポルトガル伝来の「タイル」は、ブラジル内で生産することが禁止され、
ポルトガルからの輸入が義務付けられていたという。
そして皮肉にも、そのタイル装飾は、
植民地時代におけるブラジル建築を飾る代表的なものであった。


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青と黄色で明るくはっきりと描かれた、花模様のタイル。
そのタイルの中央が、大胆かつ潔く、ベローンと剥がされている。
毒々しい赤紫色の舌がタイルから伸びて、床すれすれまで垂れ下がる。


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一見、小奇麗に見えるのはタイルの表面だけで、内部は血みどろだった。
装っても隠し切れない傷と、傷にもかかわらず迫ってくるような強さ。
よく見ると、この傷跡は闘牛の頭(顔)のように見えてくる。

ここにもブラジルの挑発があった。
by epokhe | 2004-07-25 18:50

ロポ・オーメンの地図Ⅱ

a0022584_23361239.jpga0022584_23285612.jpgBRAZIL : BODY NOSTALGIA 
の作品を通して見たこと、感じたことを
今後何回かに渡って書いていこうと思う。

まずは、アドリアナ・ヴァレジョンの『ロポ・オーメンの地図Ⅱ』(1992/2003)。


ヨーロッパ人による大航海時代の地図と、生々しく刻まれた切り傷。

中央に痛々しく存在する傷痕は、地図上では東経30度くらいだと思われる。
このパックリと真っ直ぐ彫られた赤のラインを見ていると、
エジプトとリビアの国境線とも被ってくる。
暴力的かつ無秩序になされた、ヨーロッパによる残酷な植民地化を思う。

トルコから南にかけて、縫合糸によって少し縫い合わされているが、
縫合された痕からも血が滲み、その傷は今も癒えることはない。

やや黒みがかった赤い傷に顔を近づけて見てみると、その奥には
今にも垂れ流れてきそうな血にまみれた、グチョグチョしたものが続いている。
地図の表面は皮膚で、地図の奥は生身の肉体のようだ。

何度も何度も手術しても、完治しないどころか寧ろ化膿していく身体を見た。
by epokhe | 2004-07-24 23:44

ブラジル:ボディ・ノスタルジア

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「ブラジル:ボディ・ノスタルジア」展を観るため、
東京国立近代美術館に足を運んだ。

それはまさに、身体感覚の展示であった。

欲求と知性の身体的表出に溢れていた。
作品の世界のリアリティが、自分の生きる世界の現実を揺さぶる。
挑発、傷、血、生、破片。
肉感的な男性の死体、また、天国ではなく地獄の教会画。
白くて明るい生命力、そして、シャボン玉のような軽やかさ。
死と共に始まる生と、生と共にある死を感じた。

ポルトガル語には「サウダージ」という、なつかしさを表す言葉がある。
これは、「郷愁」と訳しても「ノスタルジー」と訳しても不十分な感覚であり言葉である。
「サウダージ」には、未来へのなつかしさも含まれている。
なつかしさを包括的に表現する時、「サウダージ」に匹敵する語はない。
ブラジルの「サウダージ」は、凄まじい強さと豊かさと濃やかさを持っていた。


2004年7月23日
by epokhe | 2004-07-24 22:01

淀み/言葉

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体が淀んでいる時に発した言葉は淀んでいる。
淀んだ体から出た言葉は、どうしても淀んでしまう。

体の状態や周期の違いによって、
発する言葉が質的に相当異なっている。
後になって悔やもうが何しようが、
言葉にしてしまった後ではどうしようもない。

「何故、自分はあんなことを言っていたのだろう。」
「こんなことを書いていた自分って、どうかしてる。」
等々、自らのことながら不思議に思ってしまう事態が多いが、
どれも自分の一部を構成していることは確かであるし、
どんどん新しいものを放っていけば問題はないだろう。
by epokhe | 2004-07-19 16:48

地震

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今日の午後3時頃、関東地方で地震があった。
私は、ナマズ並みに地震の感知能力に優れている。
誰よりも早く「揺れ初め」に気付く。
今日の地震は、やや強かった。
そして、揺れの時間が結構長かった。

こうやって、震度3くらいの地震が頻繁に起これば、地盤が少しずつずれていくから
いきなり大地震が発生するのを回避できるのでは、という説。



写真(東京タワー):M・S氏撮影
by epokhe | 2004-07-17 19:57

夏風邪/再び身体

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久々に風邪をひいた。

まず、喉が腫れて熱くて痛くて、鼻水が詰まっていて時々垂れてきて、鼻声。
鼻をかんでも依然として全くスッキリしなくて気持ち悪い。
頭がズキズキ、そしてたまにキンキン痛くて、顔までひきつる。
眼がトローンとして、開けているのが辛過ぎる。
眼の周りの筋肉が硬直していて、瞼に触れると熱を持っている。
全身が熱っぽくてクラクラ、フラフラする。

と、書いている今も相当具合が悪い。

身体って、健康な時は自分でもほとんど意識しないのに、
どこかしら異常をきたすと、途端にその部位に自分自身が捕らわれる。

身体は、物体でもないし、かと言って意識でもない。
物体ほど対象として固定してはいないし、意識ほど常に自分と共にあるわけではない。

最も思い通りにできず、最も未知なのは身体。



写真(沖縄・国際通):M・S氏撮影
by epokhe | 2004-07-16 23:40

夢々

a0022584_184257.jpg親友Yが、高田馬場にある「夢々」というお店に連れて行ってくれた。
馬場にあるとはいえ、人通りの少ない路地を入り、
奥に進んだ所にあるため、
馬場の、独特な雑踏とはかけ離れている。
喧騒を感じさせず、ひっそりと「夢々」は在る。

私達は、そこで「抹茶ソフトクリーム栗あんみつ」を食した。
冷たいあんみつが美味しい季節。
そして、860円以上の時間。


2004年7月8日
by epokhe | 2004-07-11 18:44

ご意見・コメントを宜しくお願い致します

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精神障害とその患者への偏見を是正するために、
どのような努力をすべきでしょうか。


写真(手賀沼・水鳥):M・S氏撮影
by epokhe | 2004-07-10 20:02
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